Walk out to winter, swear I'll be there! というわけで、夜の同潤会アパートの 屋上で独り満月を眺めていたTFJです。20時半頃に表参道公衆便所前を通りすがるも、 それらしき人影はなし。というわけで、今回の「冬に向かって歩きだす会」も参加者 一名。次回は未定ですが、気が向いたら気楽にどうぞ。 _ _ _ 今、青山原宿界隈で開催されている現代アートイベントMorphe '96。この中で最も 気にいったのが、 加藤 力 (Riki Kato) 同潤会アパート10号棟階段・屋上, 渋谷区神宮前4-12-1 (表参道,原宿) 96/11/22-12/7, 10:00-16:00 大きな赤い風船を、古びたアパートの階段や屋上に置くインスタレレーション。 日曜の昼に再び行ったら、作家本人である加藤さんがいたので、アパートの屋上で のんびり青空を眺めながら、僕は彼と暫く話した、そのときのことを。 大きな赤い風船は、自分がこの場所にやってきたときに、思わず目をとめてしまった 所に置いてあるという。風船の大きさは、目がとまったときの気持ちを表している とのことだが。赤い風船が作品というより、赤い風船が置かれているその周りの 空間が作品になるのだ、と彼は言っていた。 僕が楽しんでいるのも、ある意味で風船そのものというより周囲の空間なので、 納得だ。しかし、その印に用いているものが赤い球というミニマルなものである ことも、廃墟のようなエントロピー極大化している空間との対比で決して空間に 同化せず映えているし、その空間の雰囲気を破壊するようなおしつけがましさも 無い。そこが、妙に惹かれるようで、妙に宥められるようで、良いと僕は思う。 今回のインスタレーションは、この場所を見つけた時点で成功を約束されたような ものだと思ったので、僕は彼にこの場所を見つけた経緯を尋ねてみた。2年前に アパートの一階のPiga原宿画廊で彼が個展を開いたときに、なんとはなしに登って みたのがきっかけという。表参道の雑踏からすこし踏み込んだところにこんな 別世界があるのか、と感動し、以来、しばしばここを訪れては、彼は独り静かに 過ごしていたという。今回、展示をすることによってこの場所を教えてしまい、 もう静かに過ごせる場所ではなくなってしまうかな、と彼は少し残念そうにしていた。 ファーレ立川のFelice Varini "Circle"や、水戸芸の展覧会のDaniel Buren 「全ての正方形の窓:枠、枠の中、菱型」といった、僕が好きな似たような作品に ついて話した後、Morphe '96の福田 文彦の"おうちプロジェクト"も似たような 作品だと話したら、自分の作品が気になって他の作品を観て回れないとも、 彼は言っていた。 天気の良い風の無いときには、空にも赤い風船を浮かべている。このときは、 ちょうど浮かんでいた。これがまたいい。空に浮かべる風船は、スローパンク しているそうなのだがその場所がわからず直せないでいるらしい。ヘリウムガスが 抜けてしまう一方、金が無くてヘリウムガスを追加できないでいるとのこと。 風船の張りを出すため空気を混ぜているそうだが、いつまで浮力を保ちつづける ことができるかわからない、と彼は言っていた。 暫くいた後、今度は隣の9号棟の屋上に僕は登った。隣から観ると一興かな、と。 しかし、9号棟の屋上の荒れ方は10号棟ほどでなく、趣に欠けるところがあった。 他の屋上の様子を観ても、同じような気がする。あそこならでは、なのだな。 _ _ _ 20時半過ぎ、僕はマグライトを片手に無気味に荒廃した暗い階段を屋上に登った。 屋上では月明かりが影をくっきり作りだしていた。東京の街中でこれほど 月明かりを感じることができるとは思わなかった。そう、今晩は満月の夜なのだ。 予想とおり屋上の風船はしまわれていたが、冬の東京の澄んだ空に、満月は想像 以上に美しかった。月明かりに薄明るく青く浮かびあがる廃墟のようなこの 空間の雰囲気も格別だった。 ♪Now the winter's drawing close / The days are getting older / I can tell by your face / that your heart is getting colder... と、This Mortal Coil "It'll End In Tears" (4AD, '84)のCDを携帯CDプレーヤに セットし、A面相当を聴き終えるまで、僕は座って静かに満月を見上げていた。 そして、僕はここを後にし表参道の雑踏に戻った。 96/11/25 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕