紹介したい新作CDがないTFJです。 Everything But The Girl "Before Today" (ebtg / Virgin, VSCDT1624, '97, CDS) も期待が大き過ぎたか、いまいち。内ジャケットの Tracey Thorn の後姿もねぇ。 美術展も、ワタリアムに行ったのに「ルドルフ・シュタイナー展」も回避して しまったし。D. Cronenberg 監督の映画「クラッシュ "Crash"」も、いまいち だったし。 というわけで、去年末に出た短編集『遠い女』(国書刊行会) で J. Cortazar 熱が 5年ぶりくらいに再々々燃 (くらいか?) しているので、5年ほど前の本だけれども、 先日読了したこれの紹介。 _ _ _ フリオ・コルタサル 『通りすがりの男』 (現代企画室, ISBN4-7738-9218-8, '92/11/30) Julio Cortazar "Alguien Que Anda Par Ahi" ('77) - pp.242, 2,300円 - 木村 榮一 他 = 訳 アルゼンチン出身ながらフランスに移住し、スペイン語で創作を続けた Julio Cortazar (1914-1984) の晩年の短編小説集。いくつか読んだ彼の短編集の中では いまいちだった。恋愛というにはあまりに淡い感情を描かせたら随一だと思う だけに、そういう作品が少なかったせいかもしれないが。 そんな中なかで、「舟、あるいは新たなヴェネツィア観光」だけは、とても面白い 作品だった。10年前に書いてボツにした小説に、コメントを挿入して、新しい作品 として再生したもの。バレンティーナの旅先での情事を自身が語る形で描いた 小説に、その小説の登場人物である旅先で出会って旅の連れドーラがコメント したものになっている。追加補足説明する、というより、むしろ矛盾を露呈する ような形になっている所がいい。ドーラが「嘘よ。」 − 「ま、そうね。」でも 同じようなものなのだが。− とコメントするとき、バレンティーナが語る物語の 世界が崩れ落ちる。 修羅場な状態なときに恋人に「あのとき、僕たち、ああしたじゃないか。」と 言ったら「嘘よ」と言い返され自分が信じてきた恋人との世界が崩れ落ちるような、 − Sally Timms と Marc Almond の名デュエット曲 "This House Is The House Of Trouble" のような − それの十分の一程度の衝撃があるというだけでも、この 短編は成功していると思う。 _ _ _ この短編集はラテンアメリカ文学選集の中の一冊だが、このシリーズを出している 現代企画室の発行者を見たら、ファーレ立川を手掛けた北川フラムだったので、 驚いてしまった。 さて、Julio Cortazar 熱再燃のきっかけになった、『遠い女』の表題作が違う 題名でこの短編集に収録されていたのに気付いたので、さっと読んでみた。 _ _ _ マイケル・リチャードソン 編 『ダブル/ダブル』 (白水社uブックス, ISBN4-560-07105-5, '94/9/20) Michael Richardson (ed.) "Double / Double" ('87) - pp.248, 980円 - 柴田 元幸, 菅原 克也 = 訳 いわゆる双子、分身物を扱った短編をあつめたもので、John Barth, Paul Bowles, Susan Sontag, Brien W. Aldiss などなど収録作家も豪華だ。編集方針がしっかり しているせいか、全体としても散漫じゃないのが良かった。 Julio Cortazar の「遠い女」は、この本では「あっちの方では − アリーナ・ レイエスの日記」となっている。柴田 元幸 の訳ということは、一度英語に訳され たものを、さらに日本語に訳しているのだろう。木村 榮一 の訳と比べるとその 違いが面白い。(こんなの面白がるの、僕だけか。しくしく。) 柴田 元幸 の翻訳 文体はむしろ好きなほうなのだけど、これは木村 榮一 の訳の方がいい。間に英語が はいってる、というハンディもあるんだろうけど。 再発見は Susan Sontag 「ダミー "The Dummy"」('78)。かつて『私、エトセトラ "I, Etcetra"』(新潮社) で読んだはずだが、こんなに面白かったっけ? 柴田 元幸 の翻訳文体の勝利か、これは。「この世界の問題を真に解決する方法は二つしか ない − 抹殺か、複製かだ。」というのが、いかにも皮肉で笑える。「プロセスの 問題を真に解決する方法は二つしかない − kill か、fork かだ。」(嘘)というか。 John Barth の「陳情書 "Petetion"」('66) は、らしい小品。いいね。Ruth Rendell 「分身 "The Double"」のような恋愛物も好き。この人はミステリー畑の人だ。 と、いろいろ発見のあった好アンソロジーだった。お薦め。っていっても、柴田 元幸 を追いかけてる人はチェック済みか。うう。 _ _ _ さて、次は Julio Cortazar 『秘密の武器 "Las Armas Secretas"』か。いや、 ちょっと気分をかえて、やはりここは、John Howkes 『激突 "Travesty"』。 新刊だしね。って、あまり本を読んでいる余裕もなくなってきているんだが…。」 97/2/23 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕