ちょっと文学青年(笑)モードになっているTFJです。この手の小説を最も良く読んで いたのは十代後半だったので、なんか若返ってる気分。 「クラッシュ "Crash"」(dir. by David Cronenberg, based on the novel of J. G. Ballard) を観る直前に買ったこの新刊は、同じ自動車衝突物とはいえ、 全く趣を異にするものだった。 ジョン・ホークス 『激突』 (彩流社, ISBN4-88202-433-0, 97/2/10) John Howkes "Travesty" ('76) - 飛田 茂雄 訳 - pp.194, 2,575円 「わからないのか、きみの道徳性などシャンタルのすすり泣きも同然だということ、 そして、いまここでぼくらは、混沌よりもむしろ選択の問題を扱っているという ことが。」 自動車事故による無理心中を図る男が、高速で疾走する車を運転しながら衝突直前 まで語る物語。しかし、それは必ずしもスピード狂や異常性愛に関する話ではない。 John Barth はそのデビュー作『フローティング・オペラ "The Floating Opera"』 ('57) の結末で自殺に失敗した主人公に「ハムレットの問題というのは、絶対的に、 無意味なものなのである。」と言わせる。そして、「現実に絶対的なものがない となると、絶対以下の諸価値がどんな点でも見劣りせずに守られて、それによって 生きていくことさえできるのかどうか、と。しかし、それはまた別の調査書であり、 別の物語であるわけだ。」と。そして、『旅路の果て "The End Of The Road"』 ('58/'67) がその「また別の物語」なのだが。この『激突』もまた、「また別の 物語」と言えるかもしれない。いや『フローティング・オペラ』の裏返しと いえるものかもしれない。 この小説の元題 "Travesty" は「茶番劇」である。これは、Barth のデビュー作 において自殺に失敗したのが「フローティング・オペラ」だったことに似ている。 訳者は「どうも「茶番劇」では作品の緊迫したイメージが伝わりにくいので 『激突』に改めた。」と言っている。しかし、この一見緊迫した自殺直前の物語 こそが実は「茶番劇」ということではないのか? と、John Howkes の作品を John Barth の作品を手掛かりに語るのは反則な気も するのだが。むしろ、Howkes と Barth の違いこそ重要なのだろうが。それをどう 物語って/らないでみせるか、というか。となると、読んでいて引き込まれるほど 面白くはなかった。後半はちょっとだれたかな。まあ、ポストモダン文学ファン 向けなのかな。 John Howkes は、John Barth、William Gass、Thomas Pynchon、Donald Barthelme らと並ぶUSポストモダンの代表的な作家。といっても、日本ではあまり紹介され てこなかった。ここに来て、彩流社が「ジョン・ホークス作品集」全5冊を出す という。凄い!! で、この『激突』が第一回配本。これで、あと、William Gass を ちゃんと紹介しようという出版社はないですかね。 97/3/1 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕