この夏に出た本で8月には読了していた本なのだけど、ずるずると紹介しそびれて いた文芸批評本を2冊。 マルカム・ブラッドベリ, 英米文化学会=編訳 『現代アメリカ小説』 (彩流社, ISBN4-88202-450-0, '97/7/25) Malcolm Bradbury. _The Modern American Novel_. 2nd ed. 1992. 戦後のアメリカ文学論で、80年代にまで視野に入っているうえ、A5版300頁 ペーパーバックでコンパクトにまとまっているのがうれしい。雑誌の特集本 くらいの手軽さで、内容的にもずっと使える本だろう。アメリカ文学を概観 して論じた本というとたいてい J. Barth や T. Pynchon といった作家の ポストモダンな作品あたりが登場するところで終わっているし。それ以降の 動向となると、読書ガイド的な本が多くて、あっても個別の作家論という感じ。 なかなか満足いく本がなかった。 この本が良いな、と思ったのは「戦後アメリカ」に限定したうえで、それを 「リベラリズムと実存主義 - 一九四○年代から五○年代」「ポストモダニズム - 一九六○年代から七○年代」「レイト・ポストモダニズム - 一九七○年代 から八○年代」「ポストモダニズム以後 - 八○年代以降」の4つに区分して いること。 それは、現代美術論と対比しやすいと感じたからなのだが。直接的に現代美術 と対比した記述はないのだが。現代美術において「戦後アメリカ美術」は その中心に位置してきたし、それを核に論じている本も多いからだ。おかげで、 文学でいわれているモダニズムと美術でいわれているモダニズムの間に 僕が感じているズレ−多分に僕の誤解に基づくのだろうが−を少しは明確に できたように思う。 僕がモダニズムを初めて具体的なものとして意識したのは、アラン・ ロブ=グリエ『新しい小説のために』(新潮社, 絶版) (Alain Robbe=Grillet. _Pour Un Nouveau Roman_) という本を読んだ高校生のときだった。この本で 批判されている「バルザック的」「フロベール的」というものを「モダン」と 置き替えて理解していた。そんなことだから、その後しばらくして現代美術論 での (Clement Greenberg 流の) モダニズムを知ったときは、かなり違和感を 覚えた。その後、様々なモダン/ポストモダンに関する本を読んでその ギャップを埋めてきたわけだけれども、どうもまだしっくりこないところが あるのだ。(特に minimalism の扱いとか。) もちろん、モダン/ポストモダンはすぱっと線引きできるものでもないし、 表現形態固有の問題を越えて整合する枠組みを作るのは困難なのかもしれ ないのだが。 僕にとっては、Malcolm Bradbury といえば、まず『カット!』(福武書店, '90) (_Cuts_, '86) のようなコミック・ノヴェルを書くイギリスの作家なのだが。 Malcolm Bradbury などと同じような作風の最近のイギリスの作家に David Lodge がいる。なぜが、ほぼ時期を同じくして、文学論の本が出た。 デヴィッド・ロッジ, 柴田 元幸+斎藤 兆史=訳 『小説の技巧』 (白水社, ISBN4-560-04634-4, '97/6/15) David Lodge. _The Art Of Fiction_. 1992. といっても、こちらは _Independent_ 紙に連載された記事をまとめたもので、 入門書である。古典的な技巧用語から脱近代以降の分析用語まで50の用語を 選び、実際の作品を引用しながら説明している。 だけなら、つまらない教科書になりかねないのだが、説明にオチが付いて いたりと、笑わせてくれるところも多く、読者をひきこむ技はさすが Lodge。 読んでいて、こういう文学作品の楽しみ方もあるのだなぁ、と、いろいろ 参考にもなったし。普段あまり文学作品を読んでいない人にもお勧め。 David Lodge といえば、高校時代に『大英博物館が倒れる』(白水社, '82) (_The British Museum Is Falling Down_, '65) を読んで以来のファンで、 僕が小説の訳が出るのを楽しみにしている数少ない作家だ。(大学教養の 語学の英語の講義で、「最も好きなイギリスの作家を挙げてください。」と 言われて、David Lodge と答えたら、「Lodge って、訳が出ているん ですか?」と言われたのが懐かしい。'86年のことだが。) しかし、 『楽園ニュース』 (白水社, '93) (_Paradise News_, '91) 以降、小説の 翻訳が出ていない。『セラピー』が今年秋に出るということになっているが、 まだみかけない。もう出ているのかな? 早く読みたいものです。 97/11/16 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕