『あるいは不幸なる上陸』 _Ou Bien Le Debarquement Desastreux_ 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール (与野本町) 97/11/30, 16:30-18:00 - Created and Directed by Heiner Goebbels. Text by Joseph Conrad ("The Congo Diary" from _The Heart Of Darkness_), Heiner Mueller (_Heracles 2 or the Hydra_), and Prancis Ponge (_The Pine-Wood Notebook_). Music by Boubakar Djebate and Heiner Goebbels. - Andre Wilms (actor), Sira Djbate (vocal), Boubakar Djebate (kora,vocal), Yves Robert (trombone), Xavier Garcia (keybords), Alexandre Meyer (electric guitar,table-guitar,daxophone). Heiner Goebbels の _Ou Bien Le Debarquement Desastreux_ の日本初演2日目 (というか最終日) を観てきた。Heiner Goebbels だけでなく、このような シアター・ピースを観るのは、僕は初めて。 同じ出演者による音だけを収録した Heiner Goebbels, _Ou Bien Le Debarquement Desastreux_ (ECM, ECM1552, '95, CD) もそんな繰り返し聴くほどではなかったし、 セリフがフランス語なので、退屈してしまうかもしれない、と、ちょっと不安も あったのだが、そんなことは全くなく、むしろ、ぞくぞくしてしまう程かっこいい シアター・ピースだった。 用いられているテキストの一つ、J. コンラッド『闇の奥』は読んだことあるが、 少しのナレーションは翻訳された日本語だったものの、字幕もなくセリフも わからないのに、こんなに楽しめるとは予想もしなかった。 音楽はCDのものとほぼ同じだった。Y. Robert - A. Meyer - X. Garcia が、 jazz / rock 的な音を繰り出し基調を作る。彼等はほとんど演奏者に専念した。 Y. Robert は舞台をあちこち移動して演奏するし、A. Meyer の daxophone や table-guitar の演奏は単に楽器を持ち替えるという以上の演出がなされて いたけれど。X. Garcia は舞台右手にずっと座ったままだった。Boubakar & Sira Djabate の音はその音とは距離を置いていて、むしろ「アフリカ的」 (これには気になるところもあるのだが、後述。) なものとしてはめ込まれる。 また、植民地アフリカにおけるヨーロッパ人役としての Andre Wilms に対する 現地アフリカ人役の俳優といった面もある。いずれにしても、あまり演奏者の 個性が強く出る演奏ではなかったと思う。そういう意味では、Andre Wilms の 一人芝居的になることも多かった。気になった点はPAの悪さ。マイクやアンプを 通した音が、まさに舞台脇のスピーカーから鳴っている聞えてしまうのだ。 舞台には丸いライトが2列縦に並べたような背丈大のもの (CDのジャケットに 写っているもの。) が舞台の左右にあるだけで、他に大道具はなし。劇場の 設備であるゴンドラを使っていたが、それも骨組みをむき出しのまま。 背景も白と黒の幕を切り替えるだけだが、白い幕に赤や青のライティングも とても印象的だった。小道具も楽器の他は、上から時々降ってくる白い砂、 A. Wilms の持つ手持ちのランプ、A. Wilms と B. Djebate が使った背丈より 長い槍が2本だけ。ミニマルな舞台だった。 セリフも A. Wilms くらいであとは歌、音楽。具体的なものがミニマルに抑え られて、その無駄の無さに逆に想像力が書き立てられるようで実にかっこいい。 音楽劇ということもあるのか、場面場面の切り替えのテンポもよかったのだが、 空間というか奥行きの使い方が巧い。舞台の奥の方から客席まで位置を変える B. & S. Djabate は、ジャングルの中であちこちからふっと現れる現地人という 雰囲気が良く出ていた。あと、途中、背景の幕が上がって、舞台裏のかなり奥深い 空間へぐっと舞台が広がった瞬間が、かっこよかった。そして、その薄暗い中を 奥まで行って槍を持ってこちらへ向かってくる A. Wilms と B. Djabate 。 まさにジャングルの「闇の奥」という感の、この舞台の一番印象的な瞬間だった。 気になったことといえば、J. コンラッド『闇の奥』の「コンゴ日記」を用いて いることからわかるよう、中部アフリカのジャングルを舞台にしていると思わ れるのに、起用されている Boubakar & Sira Djabate は西アフリカは Senegal 出身ということ。Djabate というのはグリオ (grillot、西アフリカの吟遊詩人) に多い名前だし、Zimbabwe 〜 Congo の mbira (親指ピアノ) に対して kora は 西アフリカのグリオ音楽を特徴付ける楽器だ。歌声もグリオ風のものだった。 日本では (そして、おそらく欧米でも) アフリカ的として一括りで済まされて しまいそうな、この中部アフリカ的なものと西アフリカ的なものの誤用混用と 思われるこの Boubakar & Sira Djabate の起用について、Heiner Goebbels は どう考えているのだろう。ふと、Peter Greenaway の映画 _The Pillow Book_ での日本的なものと中国的なものの (意図的な) 誤用混用を思い出させる ものもある。僕がこのことにこだわる理由に、kora の音色 → 西アフリカの サバンナのような短絡連想回路が僕に既にあって、Boubakar & Sira Djabate が 登場する度に、ジャングルの"闇の奥"からサバンナへワープするような奇妙な 感覚に見舞われてしまった、ということがあるのだが。 しかし、そんな気掛かりもささいなことに思えてしまう程にかっこいい舞台 だった。去年の『プロメテウスの解放』(_Die Befreiung Des Prometheus_。 音楽は Heiner Goebbels, _Hoerstuecke_ (ECM, ECM1452-54, 3CD) 所収。) を 観なかったのが悔やまれる。今年は Ensemble Modern による演奏の Heiner Goebbels, _Black And White_ (RCA Victor Red Seal, 09026-68870-2, '97, CD) なんてリリースしたことだし、今度の来日のときはぜひ Ensemble Modern を 引き連れて _Black And White_ を上演して欲しい。 97/12/4 嶋田 "Trout Fishing in Japan" 丈裕