河原 温 ― 全体と部分 1964-1995 On Kawara: Whole and Parts 1964-1995 東京都現代美術館, 江東区三好4-1-11木場公園内 (木場), 03-3272-8600 98/1/23-4/5 (月休), 10:00-18:00 (金-21:00) 1966年に始めた Date Printing として知られる _Today_ 連作と、それに関連する _I Read_ や _I Met_, _I Woke Up_, _I'm Still Alive_ といった一連の概念芸術 的な作品を中心に集めた、河原 温の回顧展。それ以前のグロテスクなイラスト風の 作品の展示はない。_Whole And Parts_ (『全体と部分』) と題された、河原 温の 作品集美術本の発刊をきっかけに、フランスで企画された展覧会が巡回してきたもの。 有名な、黒、もしくは赤、青系の単色の地に、白のゴチック体で日付だけを書いた 油絵の _Today_ 連作だけでなく、毎日のその日に読んだ新聞のスクラップ・ブック である _I Read_、毎日会った人を綴った _I Met_、朝起きた時間を毎日絵葉書で 送るメール・アート _I Woke Up_、"I'm Still Alive" と毎日電報を打ち続けている _I'm Still Alive_ など、その毎日の反復連続性もあって、ある意味で私的な日記 作品ともとれる作風である。 そういう意味では、日本文学に特徴的とも言われている日記文学の伝統を受け継ぐ ものかもしれない。しかし、そこにあるのは、あえて乱暴な内容/形式の二分論を 採れば、内容ではなく形式である。人類の月面着陸した日に描くのは、その感動の 瞬間を描いた絵でもないし、それを象徴するような熱い抽象画でもポップなイコン でもない。その日付なのだ。_I woke up_ で絵葉書に書かれるのは、朝、気持ちよく 目覚めたのか、二日酔いでなかなか起きられなかったのか、用件があって早起き したのか、ではなく、起きた時刻だけだ。それは、たとえば日記においては、 内容とされないようなもの、その日記におけるメタデータとでもいうべきものだ。 _I Met_ シリーズにしても、それは一見、WWW の個人サイトにたまに見受けられる 「お買い物リスト」のようでもあるが、それを書いたアイデンティティを象徴する ものにはなっていない。そこに並ぶ人名はそういう人々に会うような人の人物像を 想起させるものではないのだ。このような内容とされるものの欠如は、作品を 匿名的に感じさせることを保証し、そして、それが繰り返されることによって、 個別的とされる内容ではなく、その日常生活の形式性を浮かびあがらせる。 それが、僕が感じる河原 温の作品の魅力の一つだ。 その一方で、例えば Date Painting の文字さえなければミニマル・アートを 思わせる単色の小さなキャンバスに日付が文字によってだけ描かれるだけで、 それを読もうとすると、モダニズムの自立性に対してぐっと私的社会的ニュアンスを 帯びる、というところも面白い。そう、その形式のもつ私的社会的意味を意識 させられるのだ。 河原 温の Date Printing が面白いのは、それだけが展示される展覧会だけでなく、 94〜95年にかけて巡回した _Pictures of the Real World (In Real Time)_ 展の ように、他の現代美術作品 (この場合はアメリカの現代写真) と対比して展示 されると、また違う様相を帯びるというところだ。このような形式で初めて 行われた展覧会は、_Again and Against_ と呼ばれるもののようだが。 並置して置かれることで、作品を見る視線がずらされる感じがするというか、 新たな物語が生まれるような感じがするのだ。 ところで、河原 温が Date Printing を書き始めたのが1966年、僕が生まれたのが 1967年ということもあって、1966年から95年までの Date Printing を一年につき 一枚、ずらりと並べたギャラリーにいると、つい、自分が生まれてから今までの 人生を想起してしまう。他の作品にしても、自分の生きてきた時代との対比を したくなってしまう。♪That's the story of my life…。 25日に講演会があったので、聴講しに行ったのだが、その作品の形式性というより 物語性に主に焦点を当てた話だったので、残念。しかし、河原 温の作品の特徴を 「退廃 perversity」という言葉を使っていたのが、ちょっと面白かった。 「退廃」というより「ひねくれ」とでも訳したほうがいい言葉なのかもしれないが。 河原 温はダンディとして見られているのだろうか、と、ふと思ってしまった。 さて、これに関連して、2つの展覧会が開催されている。 河原 温 …に関する《書物》 On Kawara ...Books / Livers / Bucher... NADiff, 渋谷区神宮前4-9-8-B1 (表参道), tel.03-3403-8819 98/1/23-3/1, -20:00 東京都現代美術館のミュージアムショップが Art Vivant ということもあり、 同じくその系列である NADiff の展示は、その延長という感もする。といっても、 ギャラリー・スペースにあるのは、高価な限定本が中心であるが。一般の書籍 コーナーにも 河原 温 関係の書籍が多く入荷しているが。やはり本だけ見ても、 という感もする。やはり、Date Printing のミニマルな美しさも体験して欲しい。 河原 温 Date Printings 1996/1997 Gallery Shimada, 渋谷区神宮前4-7-2 (表参道), tel.03-5411-1796 98/1/30-2/28 (日月祝休), 11:00-18:00 去年の2月頃も河原 温 の Date Printing の展覧会をしていた画廊だが、去年が 10年ほど前の一年から月一枚程度展示するものだったものだが、今年は最新の 96年から97年にかけてももののよう。といっても、まだ始まっていないので、 当然まだ観てはいないが。去年は Gallery は雑居ビルの上の方にあったのだが、 移転して道に面した1Fに移ったので、また雰囲気が変わるかもしれない。 98/1/26 嶋田 Trout Fishing in Japan 丈裕