個人的な長期プロジェクト:
新しい文字と言葉を用いて構想する「新しいクニ」

 

美とは恍惚である、とサマセット・モームはいう。

この言葉には大いに賛同する。
一つ付け足すとすれば、美には形がある。
たとえその形が、おぼろげで不安定であったとしても、そこには何か形がある。
少なくとも、光の明暗、色相、彩度と明度の、不均等な分布がそこに見える。
音楽の場合なら、音階や音色やリズムがある、
音の構成を音の形と言うこともできる。

子供の頃から現在までの数十年間のあいだに、見聞きしたことを基に、
私が伝えたいい内容を、言葉に、あるいは形、あるいは音にして表す。

これが、この常に進行するプロジェクト、常時アップデートされ続ける、
きわめて個人的なプロジェクトなのである。

山本太郎
2016年3月15日


美が、美だけが、神々しくありかつ同時に目に見える。可愛いファイドロスよ、だから、美こそが、諸感覚で生きる人間が、芸術家が、知性ある存在に到達しうる道なのだ。(トーマス・マン著『ヴェニスに死す』より)

." . . beauty and beauty alone is at once divine and visible; it is hence the path of the man of the senses, little Phaedrus, the path of the artist to the intellect. . . .". quoted from Thomas Mann, Death in Venice

 

1. はじめに形がある。

人間の言葉を、図形を用いて表現し、記録する目的で文字が使われる。あるいは、象形文字のように、具体的な物の形を単純化し、定型化した図形を、その物を意味する文字として用いる場合もある。しかし、言葉が存在しないところに文字は存在するだろうか。ここで言葉とは、発声することができ、それぞれに意味を与えられた要素が、一定の構文規則に従って配列されたものと仮定する。上に述べた象形文字や例えば、絵文字や記号類については、必ずしも言語の要素と対応付けられていない形もあるかもしれない。その場合には、言語の生まれる前に形があると言うこともできる。

「いや、言語の要素に対応付けられていなければ文字とは言えない」と、言語学者が指摘するかも知れない。もしそれが真実であれば、それはそれで良い。文字ではなくても、何らかの形は、どこにでもありうる。

本書で、筆者はこれまでに人間が経験したことのない種類のコミュニティのあり方を構想し、それについて説明したいと考えている。それを日本語の「国」と一定の対応関係を維持しつつ、過去の国家制度や組織とは異なるものとして、ここでは「クニ」と呼ぶ。つま
り、本書は新しいクニについての解説である。

新しいクニには、文字も言語も存在しない。文字と言語を考案することから始める必要がある。既存の自然言語を使えば、理解しやすさという点では一番容易に目的を達成できるけれども、既存の言語の語彙の枠組みや思考過程に、新しいクニについての記述が影響される危険性がないとは言えない。そこで、できるだけ自由にクニを構想するために、新しい文字と言語を作ることにした。

言語と文字の始まりに際し、一言の音声も、一つの音も発せられることがない。文字となるべき形の手本があるわけでもない。

しかし、形が見えるためには、人間は光を必要とする。しかし、光はそれだけでは、必ずしも常に形を持つとは限らない。光は光の強弱の変化と差異によって、すなわち明暗の分布の仕方によって形の知覚を容易にさせる。ものの姿は、光の濃淡として、陰影として知覚される。光はまた、その周波数成分によって人間の感覚を刺激して、色彩を感じさせる。

新しいクニを構想することを思いついた背景には、人間は長い歴史をもつが、ある時から、狭い袋小路に陥ってしまったのではないかという、疑念があった。その推測が正しいかどうかはまだはっきりしないのだが、袋小路の奥には暗黒しかない。光も音もないのが袋小路であり、そこに私達がいるのだとしたら、最初の光を私達自らが発するしかない。

光はそのような考えによって、自然に生じた。あるいはそう仮定しようではないか。

そして、光は形を知覚可能にする。形の世界は広い。光のある世界では、さまざまに多様な形を見ることができる。色彩も多様である。

人間の喉や口が発声することのでき、耳で聞き取ることのできる音も同じく多様である。

この光の強弱や、形や色や、音の知覚の多様性が一方にあり、他方で、人間の思考と意味の世界もまた広がっているが、それは言語の力を借りなければならない。言語との対応関係を持たない純粋な絵文字や象形文字を起源とする場合が多いにもかかわらず、最後には、表意・表音文字を含むほとんどすべての文字体系が、言語とのかなり複雑な対応関係を確立することで、人間の思考と意味を文字を使って記述してきた。そして、形と意味とを対応づける過程に、人間が声を出して話す音声との対応関係が介在してくるのが普通であった。

しかし、私の場合、最初に発声可能な言葉があるわけではない。新しいクニを構想するために、新しい言語を作ることから始めているのだから、現時点では、まだ慣れ親しんだ日本語を用いているけれども 新しい言語では、音声は一言もまだ発せられていない。

他方で、形を具現化する光の出現に期待している。そこでは、まず光から形を、そして形から言葉と文字とを生み出す過程が想定されているのだが、最初の光はどうやって作られるのか。どんな形をしているのか。

私は、それを円形と仮定した。小さな円形、つまり点である。点は、どのような筆記方法を用いる場合でも、最も単純な形態である。それは、長い画線が形成される前段階、最初の段階である。

はじめ、光が点であったとする。


1. 形から文字へ 新しい文字「光」Hikari/Light

A character may be defined as one of the finite forms, each of which is visually distinguishable from others, and given a set of linguistcally functional elements such as meaning and sound.

Therefore, our creating a new character includes that we create a visually distinguishable form. In a sense, this is a very simple task. Anyone can create a character easily.

As far as it is visually distinguishable, any shape can be a character. The process of the selection of shapes can be arbitrary. It does not need to be based on
any logics or laws, and no rational methods are needed at all.

So, let me create a character.

In the beginning, there is a form. I suppose it to be a circle here.
Also, I hypothesize that there are three different circles of different sizes: A, B, and C. The relationships between the three sizes are: A:B = 1:(1/R), B:C = 1:(1/R), where R is the golden ratio.

Naturally, there can be 27 combinations of the three circles.

a a a
a a b
a a c
a b a
a b b
a b c
a c a
a c b
a c c
b a a
b a b
b a c
b b a
b b b
b b c
b c a
b c b
b c c
c a a
c a b
c a c
c b a
c b b
c b c
c c a
c c b
c c c

By simply combining three different circles, we could create the same number of characters, as that of Latin alphabet upper-case characters.

(to be continued)

文字とは、有限個の視覚的に識別可能な形態のそれぞれに対して、音や意味など言語的な機能をもちうる要素とを対応付けたものである。

つまり、新しい文字を作るということは、視覚的に識別可能な形態を作るということを含む。ある意味で、これは単純な作業である。誰でも文字を容易に作ることができる。

どんな形態でも、視覚的に識別できれば文字になりうる。形態の選択は恣意的でかまわない。その選択のプロセスに何らかの論理的に規則だった法則や方法が常に必要であるわけでもない。以下に、最初の文字を作成の過程を述べる。

光が点であったことから、最初の形は円形であると考える。(円形でなければならない必然性はないが、それが自然な結論の一つには違いない)。

ここでは円形の大きさには三つの異なる種類があると仮定する。
A, B, C三つの大きさを大きい順に並べると、A:B = 1:1/R, B:C = 1:1/R、とする。ただし、Rは黄金比とする。

三種類の円を三つ並べる組み合わせは、次の27通りある。

a a a
a a b
a a c
a b a
a b b
a b c
a c a
a c b
a c c
b a a
b a b
b a c
b b a
b b b
b b c
b c a
b c b
b c c
c a a
c a b
c a c
c b a
c b b
c b c
c c a
c c b
c c c

三種類の円を組み合わせる図形だけで、既にアルファベットの大文字の数と同数の文字を生み出せたことになる。

さらに、多様な文字の形状を作り出すために、A, B, Cの円形の重なり方に、二つの異なる型を用意することにする。つまり、先行する円と後続の円とが、円周上の一点で接続しているか(下のリスト中「|」で示す)、あるいは、後続の円が先行する円と重なっている(「+」)場合の二つの型である。ただし、先行する円よりも後続の円が小さい場合にだけ、重なり合う型を取り得る。先行する円よりも後続の円が大きいか等しい場合には、必ず、円周上の一点で接続するものとする。この条件は、重なりが大きい場合に、小さい円が大きな円にはさまれたりした場合に埋没して見えなくなることを避けるために設定した条件である。

このようにして、次の46通りを識別するアルファベットを定めることができた。

A | A | A
A | A | B
A | A + B
A | A | C
A | A + C
A | B | A
A + B | A
A | B | B
A + B | B
A | B | C
A + B | C
A + B + C
A | B + C
A | C | A
A + C | A
A | C | B
A + C | B
A | C | C
A + C | C
B | A | A
B | A | B
B | A + B
B | A | C
B | A + C
B | B | A
B | B | B
B | B | C
B | B + C
B | C | A
B + C | A
B | C | B
B + C | B
B | C | C
B + C | C
C | A | A
C | A | B
C | A + B
C | A | C
C | A + C
C | B | A
C | B | B
C | B | C
C | B + C
C | C | A
C | C | B
C | C | C

これらのパターンを持つ図形文字を、「光」(Light)と名付ける。

 

2. 新しい言語 「形」(Form)


最初の文字として、円形の点を定めた。またその組み合わせ方法を考え、64文字を識別することが可能となった。

それらの文字を組み合わせて、どのような語を作るのか、語彙はどのように拡張されていくのか、各単語の意味は何か? 各文字あるいは単語は、音をもつのか? これらの問いは、つまりどのような言語をデザインするべきかという課題を意味している。しかし、各単語の意味を考える前に、単語の組み合わせ方、つまり言語の形式的な側面、つまり文法=構文規則を構想する必要がある。

自然言語は、きわめて複雑な構造を用いることで、多様な意味の世界を表現することに成功している。人工言語の多くは、必ずしも自然言語ほどには複雑ではなく、特定の目的(例えば数値計算)に便利なように設計されている。ここで私は、言語が自然に単純なものから複雑なものへと発展していったり、あるいは何らかの理由で、複雑なものから単純なものへ移行することを妨げる意図を何ももたない。したがって、私がここで作ろうとする言語の原則は、柔軟で拡張性に富むと同時に、その基本形はできる限り単純である必要がある。

文字は形をともなうから、例えば、円形や点やその他の図形を基礎にして展開できる。

言語の構文規則は文法であり、法則でありながら、特定の形に制約されているわけではない。文法をツリー構造などによって図形的に表現することは可能だが、それは図形によって文法を記述しているのであって、文法が図形によって規定されているのではない。したがって、文法はきわめて恣意的に設定可能である。

私がここで作ろうとする言語が、どのような記述法で記述されるかも、恣意的に決定可能である。そこで、ここでは、私はプログラミング言語のForthが採用したスタック操作を基本とする演算子とReverse Polish Notationからなる形式を用いることにする。それによって、言語の構造をできるだけ簡潔に記述することができるからである。ここで言語の記述に用いる表記法では、シンボルの表記には、通常のアルファベットと数字を用いる。
言語の記述は、定義文の集合であり、それぞれの定義文は、左辺にシンボルを、右辺に要素となるシンボルまたは特定のあらかじめ定められた機能または意味を付与された終端記号(あるいは文字)を記述する。いわゆるBNF(バッカス・ナウア記法)を最大限単純にしたものと解釈しても悪くはない。定義中で用いるシンボルは、最終的には具体的な文字列(単語)に変換できる。単語は通常、「光」文字によって表記される。

W 単語Wは単独で固有の意味を生成する。

定義1 文
W1 W2 . . . Wn Wc

文Pは、複数の単語が順に並ぶことで成り立つ。文の末尾には、を置く。単語はスペースで区切られる。Wnは、オペレーター(演算子)と呼ばれ、W1からW(n-1)の単語はオペランド(被演算子)と呼ばれる。オペレーターは、複数のオペランドを消費して、0またはそれ以上の数の結果を返し、スタック状に置く。どれだけの数のどんな結果を返すかは、それぞれのオペレータとその直後に配置されるオペレーター制御語Wcの意味に依存する。つまり、オペレーターは意味を持つだけではなく、特定の値を返すことで、仮想上のスタックに作用する。

オペランドの数はWnとWcによって意味的に定義されるので、W1からWcまでで、一つの文が完結し、前後の文との間との関係に曖昧さはない。文は独立している。

文の意味を生成する上での単語と単語との関係と働きは、それらをスタック上に配列されたオペレーターとオペランドとして想定し、オペレーターがオペランドを消費する形で意味を形成する。これ以外の方法で単語が意味を生成する上で他の単語と特定の関係をもつことはない。

通常、Wcには、次の特定の機能を持つ異なる語が用いられる。

verb0 オペランドをとらない動詞化を行う。
verb1 オペランドを一つとる動詞化を行う。
verb2 オペランドを二つとる動詞化を行う。
verb3 オペランドを三つとる動詞化を行う。

deco1 名詞を修飾する。修飾すべき名詞と、修飾する作用を与えて修飾語化するべき名詞、の二つのオペランドをとる。

(この文書は継続してアップデートされる)

  • v.1.00 2014.9.15