1話  いろんな、ねえちゃん

 いろんなねえちゃんがいる。

 渋谷や原宿にはきれいなネエちゃんもきたないネエちゃんもいろいろ取り混ぜている。親をかじり倒すネエちゃんもいれば、病身の母親のために苦界にみづからあたら若き身を沈める娘も、・・・・・・あ〜、こんなのはいまどきいないか。

 江戸時代はともかく、昭和初期の大恐慌あたりまではたしかにそんな哀しい娘達の物語がこの国中に存在した。2.26事件の背景にもそんな時代相がたしかにあったと思う。 あ、なにを書こうとしていたか忘れてしまうところだった。この頃、かなりアルツがはいっているからなあ。
 で、昨夜の晩めしは、仕事場近くのビルの地下にある、なじみの中華屋でとったのだが、中級華僑の例に漏れず、一族とその係累で店をきりもりしている、そんな店である。

 その店はまだ若い主人とその愛人(中国では、妻のことをそういう)と、一人の小女が客席に出ている。主人はKO大学出身のインテリだが、客あしらいは慇懃にしてまったく無礼を感じない自然体の好青年である。この店は留学生をひとり受け入れるのが彼らの世界での約束事らしく、数年で替わっていく小女は大学生。その小女が先週末に替わった。それまでいた娘は、東京工業大学を卒業し、日本では就職できず、故郷の福建省に帰っていったという。

 あたらしい娘は、工学院で学んでいるという。朝早くから学校の課題に取り組み、夜はこの店で深夜まで働く。故郷では普通のくらしぶりの家庭らしいが、東京での生活はたいへんじゃないか、と聞くと、顔を赤らめて「勉強に日本にこれただけでも幸せです」と、上手な日本語で言った。厚顔無恥なネエちゃんばかりの時代、顔をあからめるだけでも「感心」なのに、そのこころもちの純なことに同席していた厚顔なオヤジ達も感動したのだ。

 亭主の教えがいいのか、性格がいいのか、おそらくその両方だろうが、この娘の客あしらいも立派なものだ。勤務態度は、わが仕事場の女達の比ではない。

で、しばらくこの店でのビールと餃子の晩飯がつづくのである。


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