3話  釣りに「きょう」はない

 釣りのページの「日記」なのに、釣りのことを書いていない。

 三浦半島の西側、葉山ご用邸の近くに小網代といふ小さな港がある。初夏の日溜まりのような穏やかな小さな漁村であるが、いまはマリーナと遊漁でささやかに潤っている。先週の金曜日、会社をさぼってここからイサキを狙って出船した。

 イサキはイサギとも呼ぶが、今が旬のとても美味しい魚である。「鍛冶屋ごろし」の別称があるほど骨が硬いので、包丁を使うときには気配りが必要だ。

 えっと、イサキの話を書こうとしたわけではない。なんだか話がずれがちだなあ。我ながら、かなりアルツがはいっておるとみえる。

 釣りに「今日」はないといふこと。これを書こうとしていた。

 船の釣りの場合、まず船宿への電話から始まる。その電話次第で利用する船宿が決まるわけだ。船宿にとっても、客を逃してはいけないから、大事な電話ではある。

Q「どう、きょうはイサキは出てる?」

A-1「うんうん、いいよお。型がよくてなあ、外道に大アジも鯖もつれてるおう」(型がいいといふのは、釣れていないことの同義語である)

A-2「今日は良かったようだよ。いま船頭がいにゃあから、よくはわかんねえけどよう、20も釣った人がいたようだよう」(船頭はだいたい店の中で酒盛りしている。おばちゃんの言った20匹釣ったのは常連の名人。名人で20の時は、普通の人は3〜4匹)

A-3「朝のうちは喰ったなあ。あすは潮がいいから期待できそうだおう」(朝ぽつぽつと釣れたが、あとは音なし)

A-4「素人でも10は釣ったぞ。船中120枚くらいはいったかおう」(これは、ほんとに釣れた)

 で、最後の船宿に決定して、早朝でかけていくわけである。
 で、釣れない。イサキも、鯛も、アジも釣れない。・・・・・・っていうとき、決まり言葉として、船頭が言ふのが、

「昨日はよかったんだけどよう、ま、この潮じゃなあ」

「あしたは潮が流れるから、よくなってくるとおもうんだがおう」

 ね、けっして、船頭には今日はないのである。釣りには、今日と言う日はないのである。

 なんだか、あしたの幸せのために今日を我慢しろと言ふ人にもにている。

 あしたのために、朝2時に起きてぼろジープで三浦半島くんだりまでやってきたのではないのである。

 今日を楽しむために人は働くのである。家族やわんちゃんやミケを養うのも楽しいからなのである。苦しい仕事は拷問である。仕事を選べなければ、楽しくするしかない。 釣れなければ、釣れない釣りをたのしむすべをおぼえるしかない。 

 なんだか、支離滅裂になってきたぞ。 朝だけど、酒でも飲みたくなってきた。

「今をいきるのみ」これだな。


ホームへ帰る