181話     大砲のマトは?


 アナウンスは聞き取り辛かったけれど、その瞬間会場全体が静まり、大多数の観客が起立して脱帽した。
 野球やサッカーの試合とはさすがに違う。
 国旗掲揚台に注目する人々の間には、国歌君が代を斉唱する声も静かに流れていた。

 招待をいただいて見学に参加したのは、陸上自衛隊が年に一度実施する「総合火力演習」である。

 東富士の広大な原野で実施されるこの演習は、戦車装甲車約60両をはじめ各種火砲やヘリ、車輌、そして兵員約1700名を投入しての大規模実弾演習だ。歩兵・砲兵・機甲部隊等の戦闘・戦技を展開する前段と、火力戦闘(攻撃)を展開する後段との2部で構成されている。

 演習開始に先だって、射撃のマトの説明がアナウンスされた。銃や火砲の能力と使用目的によってマトまでの距離は違う。戦車のマトは、左から一の台、二の台、三の台と説明された。航空機や火砲の説明も会場に特設された映像機器によって詳細に説明される。

 ん、自衛隊はPRが旨くなったな、などと感心していると左手のほうから赤いプレートに三つの星をつけた軍用パジェロが走ってきた。演習の統裁を務める富士学校長の石飛陸将だ。群衆のあいだから拍手が沸き起こった。

 次ぎに大型バスが進入してきた。アメリカ軍をはじめとする外国の軍人たちだ。こんども拍手が湧いた。わが国の軍事演習に敬意を表して(表しないところもあるが)参加してきたのだ。拍手があって当然だろう。

 その次ぎに3台の大型バスが進入してきた。こんどは何だ?見るとバスの横腹に「国会議員」と墨書してある。ん?と気が付くとだれも拍手する人がいないではないか。選挙民の拍手に諸手を上げて応えるのが何より得意な国会議員のセンセイ方だ。だれか拍手してやれば?と思わないでもなかったが、だれも知らぬ顔だ。この大群衆は、あの傲慢な種族の男(一部は女)たちを徹底的に無視していた。

 まあ、考えてみれば当然だ。国民は忙しいから政治なんかやっているヒマがない。言ってみれば彼らを選挙で選び、国会で働かせているのだ。「センセイは偉い」とおだてているのに過ぎない。その彼らが、自分と自分たちの職業を「偉い」と勘違いした姿は情けないものがある。赤坂の料亭や選挙区や母体の宗教団体などではなく、この軍事演習場で見る議員の背広姿は拍手どころか笑いも誘いはしない哀れなものだった。

 小生の隣に座っていた若い男がつぶやいた。「あのバス、一台目から順番に一の台、二の台、三の台に並べたらどうかね?」男がそういうと、ささやかな慎み深い笑いが涌いてすぐ消えた。

 霧が出ている。空挺降下はたぶんダメだろうなと思っていると、

「うおーっ」どよめくような叫びが群衆の海の底から沸き起こった。視界左手から轟音とともに5両の90式戦車があらわれたのだった。


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