210話     花といえば、酒
 鹿児島の飲み屋で「お銚子」と注文する。でてくるのは、もちろん焼酎だ。水で割ったものに燗を付け、黒ぢょかという酒器で供される場合もあるし、コップにいれた焼酎に、お湯をどぼどぼと注ぎ込んで「待たっしゃげもした(お待たせしました)」とカウンター越しに手渡しされる店もある。

 県外からの客が「日本酒」を飲みたいのであったら、ちゃんとそう言わなくてはならない。鹿児島の飲み屋は日本酒の燗つけには未熟だから、だいたいにおいて火傷しそうな熱いのが登場する。常温で、と注文するのが無難だろう。だがね、せっかくの鹿児島の夜だ(昼でももちろんかまわない)、うまい焼酎を味わってみたらどうだろうか。

 郷にいらば、という。コーヒー党の小生も、紅茶の国の首都、倫敦に出張するときはちゃんと朝も昼も紅茶を飲む(イギリスのコーヒーが、クソまずいからという理由からだけではない)。

 もちろん夜はアイリッシュバーで麦酒とウイスキーに馴染むべく努力する(宿にかえれば持参した焼酎があるにもかかわらず、である)。

 現地に馴染もうとする小生の努力は、内輪のパーティにうつつを抜かす在外政府公館のアタッシェたちの比ではない。ともあれ、鹿児島を訪れた客人のかたがたには、せっかく焼酎王国薩摩の地を踏んだのだから、ぜひ焼酎を堪能していって欲しいものだ。

 ところで、ここでいう焼酎つまり薩摩の焼酎は、かってホワイト革命と称してブームとなった「焼酎」とは違う。飲料用アルコールにいささか味をつけ、マーケティングの仕掛けをほどこして流通システムに乗せた「甲類ブランド焼酎」とは全く別次元のものであり、役人的分類によれば乙類などとなる。と、なるのだが、ここはちゃんと本格焼酎と言い切っておきたい気がする。だいたい、徴兵検査でも操行でも、乙より甲がいいに決まっている!梅干し無しでは飲めないようなまがいもの焼酎を「甲」、伝統に裏付けされた薩摩の焼酎を「乙」などとよく言えたものだ。

 関東に住み着いた薩摩出身者にとって、本格焼酎を入手するのはかってはなかなか困難だった。

 小生も鹿児島から直送してもらったり、電通か博報堂のマーケティングのせいで不味くなった超有名銘柄を、しかたなく買ってしまったこともある。日比谷に薩摩の物産を集めた「薩摩遊楽館」が出来てからは、ちょっと便利になった。だが、焼酎を買いに仕事の帰りに立ち寄ると、もういけない。このビルの二階が薩摩料理屋になっていて強力な吸引力を発揮しているので、ついつい高くついてしまうのだ。家族は、のまなきゃいいのにと非難するが、そうはいかないのだ。自慢してもよいと思うのだが、小生は自制心は強い。その小生が掴まってしまうのだから悪いのはこの店のほうである(・・・と、いっておこう)。


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