230話 8.19
ブランド、それは何ぢゃ?
 それはまだ春早い季節の朝のことだった。前夜飲み過ぎて電車を乗り越し、タクシーで帰ったため、自転車は駅の駐輪場。しかたなく歩いて駅に向かった。
 朝の通勤時間だ。次々と自転車が追い抜いていく。サラリーマンも、OLも、若いのも年寄りも、可愛いのも可愛くないのも、駅への登り坂を中腰になって一心にペダルを漕いでいる。
 自転車に乗っていては見えない風景というものがある。時速3キロでゆっくり歩きながら、おびただしい通勤者たちを見ていて気が付いた。
 年に似合わぬブランド品を持ち、身につけている若いのがやけに多い。
 まてよ、いまわが国は不景気なのではなかったか?贅沢は敵だとまではいわないが、贅沢は素敵だなどといっている状況ではないのではないのか?ぶつぶつ呟きながら二日酔い気味の足どりであるきつつ、一句。

 エルメスも グッチもソニアもアルマニも ペダル漕ぎ行く 私鉄沿線      秘剣

 ミラノの街角で小生に道を教えてくれた母娘、自転車で風のように公園の小径を過ぎていった黒い髪の娘、早暁通勤のためにバス停に佇んでいたフランクフルトの年輩のご婦人など、さりげないお洒落が自然に良い風情を醸し出していた。彼女たちがブランド品を持っていたかどうか、目利きでない小生にはわからない。しかし、西武線の駅に向かってペダルを漕ぐ通勤の女性たちの姿に、イタリアや英国のブランド品が似合っているとはとても思えない。しかも自転車のOLたちが持っているのは、ほとんどが同じ模様の茶色のバッグだ。これじゃ中学の制服や道具袋と同じじゃないか!
 清酒でも本格焼酎でも、有名な銘柄になると当然ながら品薄になる。手を掛けた良い商品ほど絶対的な生産量は少ないはずだ。意図して品薄にすることがないとは言えないだろうが、むしろ問題は、ブランド化した銘柄を要求する客の方にもあるのではないか。
 評判が高まった酒になにがなんでも飛びつこうとする消費者の群、それを看過できずプレミアを付けても並べたがる流通、どっちも大人の振る舞いと言うにはほど遠い。もちろん経済だからパワーバランスの原理が働いているということだろう。しかし、そんなことはどうでもよろしい。ブームに惑わされずに、自分で納得できる銘柄を見つける。試して良ければ、長く付き合う、そういう飲兵衛の側の態度が健全な業界を育て、良い酒を生み出してゆくことに繋がるのではないのか。自分のアタマで考え、自分の心で感じ、自分の舌で味わうことこそが大切だと、そろそろ日本人は気がつかなくてはなるまい。

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