240話 10.29  の手控えより
夢を結うところ
 こんな文章を読んだ。

「結夢庵」、不思議な名前と思われませんか。
 人生、生かされながらも生き抜くには、哀しいことや辛いことが多々あります・・・(中略)人はお酒に何を求めるでしょうか。いつの時もお酒に流るる優しい想いは永遠のものであってほしい。「結夢庵」をお飲み頂くことで幸福な想いに浸れたらいいですね。
 本格焼酎「結夢庵」と共に「夢」を紡ぎながら生きていきましょう。
今宵の「夢」が結びますことを願って。
 今年1月24日に出荷した鹿児島県出水市の新屋酒造の麦焼酎「結夢庵」の裏ラベルに記してあった一文だ。おそらく、蔵元の新屋貴子さんの筆になるメッセージだろう。この文に込められた気持ちが、じつは広告コピーの類とは全く違うことは、彼女の日常的な酒造りの上での信念を聞けばわかる。
「酒は工業製品ではないのです。造りにも原料にも心を込めてひとつひとつ紡ぎだしたい。そうして生み出した酒は、酒販店さんやユーザーの皆様に愛され、育てられてゆくと信じます」

 この蔵ではレギュラー品である「泉の誉」や、造りに工夫のある「ふなしぼり」、昔ながらの手造りにこだわった芋焼酎「紫美」などが好評を得ていた。
 特に手造りカメ壷仕込みで丁寧に仕上げられた「紫美」は、県下の評判を一気に獲得し、人気銘柄となった。この八月に鹿児島の蔵を訪ねた折り、南日本新聞社の方にご案内をいただいた天文館の焼酎居酒屋「焼酎天国」でも、一升瓶のディスプレイのあちこちに「紫美」のパープルのラベルが誇らしげに輝いていたのが印象的だった。
 この春には、新種の原料芋を使用して、紫美同様に昔ながらの手造りで仕込む新しい作品を出す予定だった(この「結夢庵 和(ゆいむあん やわらぎ)」という名の芋焼酎が発表されたかは知らない)。
 すべてを過去形で書かなくてはならないのは、新屋酒造は3月に経営不振のため、宮崎の大手メーカーに吸収合併され、雲海酒造鹿児島工場とその名を変えたからである。桶買いして量産する宮崎の大メーカーに、薩摩の漁師町で造りの良心を100年護り続けた蔵が頼らなくてはならなかった現実が、現実として目の前にある。経営破綻の理由はしらない。しかし、鹿児島だけでなく、宮崎や熊本さらに大分の小さな(良心的にいい酒を造り続けているのは、おおかた小さな蔵だ)蔵元が一過性のブームに翻弄されず、射幸心に浸食されず、暴力的な流通に圧殺されずに自立した造りの魂を継続的に育んでいくには何が必要で何が邪魔かを、静かにそして熱く考えなくてはならない。

 わが家の「紫美」は大メーカーの鹿児島「工場」が、新屋の旧来のスタッフで造り続けることを許す限り、新屋時代のものを一掬の水を伝える如く「仕継ぎ」して味わうつもり。麦焼酎の「結夢庵」は残念だが、ほかのいくつかの銘酒とともに絶版となった。
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