手控え248話より
愉快な禁酒日
 禁酒日の楽しみはいつもよりたくさんの種類の焼酎に接することができること。別に逆説じゃありません。
 普段はちょいちょい飲んで楽しみながら試しているけれど、銘柄ごとの量は少なくても、まとまるとけっこうな量を飲んでいることになる。ちょい、が、ちょいちょいになり、ぐび、が、ぐびぐびになるのにそんなに時間はかからない。そしてそうなったらただの酔っぱらい。従って寸言のための覚え書きも日記への書き込みもへちまもない。覚えていられるのは、数銘柄が限界ということになりますな。
 それが、禁酒日は違う。
 部屋にある開封済みの焼酎(何本あるかは言わない)の蓋をあけ、全種類の香りを味わってもちっとも酔わない(当たり前だ)。しかも、まだ試していないあたらしい焼酎の蓋を開けて香りをきき、味を想像し、造り手の気持ちをイメージするのは実に楽しい。

 きょうは午前中に近所にすむジープ乗りがやってきて、壱岐の麦焼酎を一本置いていった。さっそく開栓し香りを楽しむ。朝から焼酎かと顰蹙を買うこともない。すばらしい芳醇な香りを楽しんだ後は、コーヒーとアップルパイをいただきながら年賀状を書いていた。ちらっと、ひるね蔵酒亭の掲示板を見てみると、「小鹿・本にごり」は旨い!と酒のこばやしさんが書き込みしている。さっそく小鹿・本にごりの一升瓶を取り出して香りを試す。いつ飲んでも、いやいや、いつ嗅いでも豊かな芋香が潤沢に鼻腔をくすぐる。素晴らしい酒だ。

 きょうは、禁酒日。すでに8銘柄ほど香りをいただいた。香りの向こうにイメージする焼酎の味は、実は飲んでいる時より数倍輝いている。三島由紀夫さんが何かに書いていた言葉だとおもうが、「距離は、つねに夢を見させる」ということの真実を、一週間にいちどだけしみじみと感じるのもいい。え?なら二回にすればだって?いえいえ、とんでもない。大吟醸を水道水で薄めるような真似はできません。感動の希釈なんて、もってのほか!

「酒亭」入り口に帰る
ひとりごと表紙に帰る 「ひるね蔵」ホームへ帰る  掲示板に行く