平成十三年元旦の手控えより
ばあちゃんの一滴
 爺さんとばあさんはたまに喧嘩もしたが、まあ仲のいい夫婦だった。
 鹿児島の貧乏な農家だ。鹿児島県曽於郡のその村で、狭い耕地をいつくしみながら、一生懸命に働きつづけた。
 子供達が成長して都会に出ていき、老夫婦だけの暮らしになった。朝早くから畑にでる暮らしは変わらない。爺さんは陽が暮れるころやっと畑から帰る。井戸で足を洗い炉端に座り、ばあさんが皿に盛ってくれるタカナの漬け物で一杯やるのが楽しみだった。
 焼酎を水で割り、ゆっくりと暖めて舐めるように飲む。歳だから一合もいかない。美味しそうにのむ爺さんを、下戸のばあさんは幸せそうに笑って見ていた。
 その爺さんが亡くなって、その晩で3年目だった。腰を悪くしたばあさんは、もう爺さんが丹精した畑にも出ることができず、静かにひとりで暮らしていた。長女がばあさんの好物の煮物をもって丘の下の嫁ぎ先から実家にやってきた。そしてばあさんが炉端で倒れているのを見つけたのだった。ばあさんを布団に寝かせ、診療所に電話した。
「ばあちゃん、大丈夫?」と長女が言うと、ばあさんはゆっくり頷いた。ちょっと疲れているだけだよというように。
 そして、長女が驚いたことにこう言った。
「焼酎をもってきてくれんね」お湯で薄めてね・・。と。
 飲めないはずの焼酎のコップをばあちゃんは顔の前にもっていき、目を瞑った。「じいちゃんの匂いがするよう」
 翌日、ばあちゃんはなくなった。
 今は天国で、焼酎を爺さんに注いでやり、幸せそうに笑っていることだろう。

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