手控え 254話より
薩摩の諺(ことわざ)ち?
 薩摩言葉の話題で酒亭の掲示板が賑わうことがある。わがひるね蔵の酒亭だけではなく本家薩摩の焼酎台帳さんや、筑前のサイトのBBSまで薩摩弁が出現することも度々だ。小生にも解析不能な、地方特有の活用形も面白い(県外人にはまず解らないだろうけど)。
 文脈のなかですら理解が難しいのだから、歴史的な隠喩暗喩を秘めた「薩摩のことわざ」になると、これはもう現代の鹿児島県人でもわからないものが多いのは当然だ。
 たとえばこういう諺がある。
「たっちき、せ」
 子供の頃よく親に言われたものだ。語源もわからず(たぶん親も分かってはいないだろう)に、これを言われると子供達はソソクサと立ち上がった。
 これは「すぐやれ」という意味。分解してみるとこうなる。
「(敵の)太刀風が襲って来る前に、動け」
 つまり敵の刀が振り下ろされる前に敏捷に動いて、敵刃を避け、反撃せよというのが語源だ。たとえがこうだから、諺としてはかなり古くからのものだろう。
「男は三年片頬(かたふ)」
 これは分かり易い。男はみだりに笑顔を見せるものではない。三年に一度、片方の頬を緩める程度で充分である、というほどの意味。感情をあらわにすることを極度に抑制すべしとの教えだ。薩摩の士風をよく顕している。この諺で若い者を教育していたかっての薩摩の古老が、   現代、電車の中で人目もはばからずにいちゃつく高校生アベックを見たならどう反応するだろう。想像するだけでも恐ろしい。
 意外なことに、焼酎にまつわる諺はほとんどない。「冷えしょちゅ(焼酎)は、後できっ(効く)」ってのがあるくらいかな。言うまでもないがこれは、親の意見を聞かない子供に対して使用されるたぐいの諺だ。
 そうそう、こういうのもあった。
「ノミの子は、シタメにならんど」
 ノミは蚤で、シタメは虱(しらみ)のこと。子供は親に似るというい意味だ。だが掛け言葉がここにはあって面白い。
 ノミには「飲み」の意味が掛かっているのだ。つまり親が酒好きなら子もまた酒好きということ。子供の深酒を注意したオヤジに、「ぢゃっどんからん、ノミの子はシタメにならんどがねえ」と子供は賢しらに反駁するのである。こうなるとオヤジはただ口を閉じるしかない。
 いくら薩摩でも、こういう時に「議をゆな!(文句をいうな)」と一喝できる親は、もう少なくなったのだろうな。

(参考)「ことわざが語る薩摩」春苑堂出版


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