飲んべえが見る お店のたたずまい について 



居室やクルマを見れば、その持ち主のことはたいがい分かる。
たとえば私がいかに整頓好きで清潔をこのむか、ということについて、当人である私自身がどんなに主張しても、カミさんは、ゼンゼン信用しないし、わたしの部屋を0.5秒見れば誰もがカミさんの意見に賛成するだろう。わたしの愛車を一目見て、乗り手の疑わしき人格がわかるといった悪友もいる。まあ、こいつのほうがよっぽど胡散臭い人間なので、この言葉は信用するにたらぬ。が、まあ、ことほどに、人はその微かな痕跡にすら、全人格のDNAを露(あらわ)にしているものだ。


武蔵藤沢の「ナボシ屋」さんの店頭。暖かい人柄が店先からもうかがわれる。

ましてや、店は(酒販店でも、業務店でも)店主さんの存在の反映といっていい。店頭が舞台であれば、そこに展開される総てはプロデューサーである店主さんの存在そのものに他ならない。扱う商品についての考え方ももちろん店頭から見えてくる。従業員を媒介にして、店主の輪郭がはっきりしてくる。ましてや、店主さん自身の語られた言葉からは、その心までが見えてくる。


良い食品の四条件
なにより安全、おいしい事、適正な価格、ごまかしがない。

<良い食品づくりの会>
いつの日にか、食品についてなんの知識を持たない子供が、
特別になんの勉強もしていない小売店に行き、何気なしに買
った食品が四条件を充たす世が、ごく当たり前の事として見ら
れる日が早く来ることを願ってやみません。
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つくる人の心を伝える店「掛田商店」 掛田勝朗  

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このごろ町を歩いていて、酒屋さんがあるとついのぞき込むクセがついてしまった。陳列台を眺めて、もしそこに「いい○こ」や「大○郎」が陳んでいればさっさと通り過ぎてしまうのだが、常圧の芋焼酎のラベルが目にはいったりしたら、もうダメだ。あとさき考えずに、即座にお店にはいってしまう。値札を見、試飲コーナーを探し、店員さんに話しかける。5分で出てしまう店もあるし、長々と話し込み、満足心と一升瓶を抱えて帰ることもある。

からっぽの「萬膳」の瓶を並べていた店もあった。25000円の値札を付けたまま埃を被っている「森伊蔵」が棚のてっぺんで泣いていた店も見た。
お酒を商っている店だぜ、美味しさや楽しさを商っている店ではないのかな?酒屋さんなら、店自体が楽しくなくては。お客さんを楽しくさせてあげなきゃあ。
こういう店を見るといつも思うのだ。

この店は、何を売っているのだろうかと。
何のための商売をしているのだろうかと。


酒はつまり人である、と言った方がおられる。造る人、扱う人、それぞれの高い志が共鳴して薩摩の本格焼酎の健全な元気な広がりを醸しだして行って欲しいものだ。もちろん、われわれ飲んべえはどうでもいいというわけではない。焼酎を知れば知るほど興味がつのり、味わい方もまた一層広く深くなる。プレミアム価格などに手を出さない節度というものもハッキリしてくる。この種の健全なインタラクティブ性が、薩摩の本格焼酎のマーケットにはまだまだ期待できると思う。


試飲・量り売り用瓶のディスプレイ
「ナボシ屋」店頭

お店のエントランスにバイアスに目線の高さでディスプレイされている。
重厚なボリューム感を感じさせ試飲への意欲を掻き立てられる構成だ。

【店頭の演出】
焼酎蒸留機ディスプレイ
「ナボシ屋」店頭

いまや酒販店さんや業務店さんが(メッセージ発信の場として)インターネットのホームページを持つ時代となった。ハウスオーガンを制作しデリバリーするのは大変だがウエッブサイトなら費用も少なくてすむし発信するタイミング、回数も自由だ。ウエッブサイト、店頭、そして対面コミュニケーション、こういったお店のマーケティングミックスには店主さんの個性が強く出るものだし、専門性の高いお店であればあるほど、それがまた店の個性として他店との差別化を可能にしてゆく。店主さんのメッセージを伝えて行くあたらしい時代の新しい手段として、もっと活性化してゆくべきだろうと思う。

■この稿にご協力いただいた「掛田商店」掛田さん、「ナボシ屋」福島さん、ありがとうございました。
■ひるね蔵では、薩摩の本格焼酎を扱っていらっしゃる、もっともっと多くのお店さんを拝見してゆきたいと思っています。どうぞご協力ください。ひるね蔵へのメールは、こちらまでお願いいたします。



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