手控え268話より
むすめの酒、オヤジの酒 ....
渋谷に新しく開店した焼酎バー。
カウンターの隅に座ってロックの古酒を啜っていると、若い男女三人がはいってきた。座ってドリンクメニューを指さしながらなにやら話し合っている。
気になるので右の耳をダンボにして聞きいった。インターネットの掲示板でこの店の開店を知り、男友達を誘ってやってきたのは二人の女性のほうらしい。
渋谷区円山町、あたりはあやしげなホテルだらけだ。男一人に女二人という組み合わせは絶妙だ。まず誤解されないでこの界隈を歩くことが出来るからなぁ。はじっこに座らされた若い男の子クンは「ボクは、なんでもいいです・・・」と小さな声でつぶやいている。

「わたし、あれにする」
 マスターの後ろの棚を指さして松たか子似の女性が言った。え?あれは辛いぞ。地元のオヤジ達が飲む酒だぞ・・・。

「はい、真鶴ですね。ロックで?」「はい、お願いします」
「あれ、佐藤黒もあるわよ。いつもあれ飲んでいるのにサ、いいの?」とメニューを見ていたもうひとりの女性、加藤あい似のほうが言った。
「だって、見たこと無い焼酎だもの。試してみたいし」
松たか子が手に持っていた雑誌をカウンターの上に広げた。
 な〜んと、柴田書店の「薩摩焼酎 奄美黒糖焼酎」だ。「じゃ、わたしは佐藤ね。お湯割りでお願い」と加藤あいが言って、これも手にしていた雑誌を広げた。dancyu7月号、焼酎特集号だ。
 う〜む、彼女たちにとっての焼酎は、こじゃれたレストランの食べ歩きや秘湯を巡る旅と同じなのだろうか?これではただのブームぢゃないか・・・。

 まだ早い時間だったが、なぜか滅入ってしまったオヤジは、そうそうにそのバーを立ち去り、古い町、飲んべえオヤジの聖域、新宿荒木町へと向かったのだった。

 いつもの焼酎居酒屋の扉を開けたら、そこはもうオヤジの聖域ではなくなっていた。
 十数席のカウンターが若い女性でいっぱいだ。かろうじてはじっこに席を貰って座った。彼女たちを見ると屈託のない笑顔ばかり。手元にはさっきのバーで見たのと同じ雑誌やムックを置いているのもいる。え?あの白い表紙は「焼酎楽園」ぢゃないか!あのマニアックな焼酎雑誌を、まるでananやhanakoのように手にして、かって花柳街だったこの界隈を、彼女たちは闊歩しているのだろうか?

「そうです。若い女性が増えましたね、たしかに」と亭主が言った。増えたって?ほとんど女ばかりぢゃないか!「薩摩茶屋」をお湯割りでいっぱいだけいただき、悄然として店をあとにした。営団地下鉄への階段を降りながら、つらつら考えた。女たちにとって、焼酎って何なのだ?酒とは何なのだろうと。

「酒について考える場合、女性の存在を軽視することはできない。いや、それどころか、つねに社会の中心と周縁にアンビバレントなかたちで存在して来た近代の女性たちこそが、我々の暮らしのこれからの鍵を握っていることは疑いない」そう力強く仰るのは、エッセイストの玉村豊男さん。
 氏が所長をつとめる酒生活文化研究所のリサーチによると、女性は男性よりもはるかに軽やかに酒を楽しみ、ネットワーク構築のツールとして活用しているという。(酒文レポートNumber3「女性のお酒が語るもの」より)

 男性より女性のほうが酒を楽しんでいた時代ってのはさすがにないと思う。ただ、わが国史の中で、女性と酒が強制的に隔離されたこともない。むしろ近代化以前においては、ごく普通に酒は女性にとっての楽しみであったし、暮らしになくてはならないものだった。
 江戸時代の文献を見ると、沖釣り(船の釣り)を楽しみながら酒をのむ旗本の奥方や、墨堤(大川=隅田川の土手)で花見に興じながら酒宴をたのしむ庶民の男女の姿もある。酒だけでなく、タバコ(煙管)もよく吸っている。われわれが考える以上に、ご先祖たちはおおらかな暮らしを楽しんでいたようだ。だが、これが明治になるとちょっと具合が悪くなる。

 進歩的で禁欲的な女性たちが、「お酒って、くさーい」とか「タバコを吸うなんて、やばーん」とか言い始めるのだ。近代工業国家をめざす明治政府にとっても、焼酎を飲んで元気をつける農家のかかあ連中より、進歩的職業婦人たちのほうが利用しやすかったのだろうな。かくして、労働力として農作を担っていた女性たちと酒、という図式は進み行く工業化社会のなかで朝霧のように希薄になり、やがて消えていった。

 さて、かっての土着的酒文化は地縁文化だが、インターネット時代、ケータイ時代の「酒」はどうだろう。一部の酒豪さんたちの間で、土曜の夜に行われているらしい「よくろいチャット」などというものがあるらしい。九州の海岸で宴会している飲んべえが、東京や関西で飲んでいるよくろぼたちと話す「よくろぼモバイル」なるものもあるとか(^^;) 

 地縁、血縁、社縁に対して、自分が選ぶ個の世界を「選択縁」と名付けたのはフェミニズムの旗手、あの上野千鶴子センセイだ。
 それにしても、学者ってのはワーディングが上手だね〜。鳴海邦碩氏の言う「第三の空間=自由空間」とほぼ同意のカテゴリーだと思う。(怒らないでください、上野センセイ。このへん、前出の酒文レポートの第4巻を参考にしています)

「選択縁」をほとんど無限の空間にまで拡大したのがインターネット。これについては酒亭の「本格焼酎ひとりごと」にも書いたことがある。逃避や平癒のための空間ではなく、さらにアクティブにテーマを追いかけてゆく同志たちが、距離を超えてリンクできるのがインターネットの強みだろう。わが薩摩の文化であり、基幹産業でもあり、そして多くの課題を包含する「本格焼酎」にとっても、インターネットは歓迎すべき変革をもたらしたと言えるのではないか。

 造り手と扱い酒店と飲んべえが同じ課題を同時に共有できるのは情報格差のないインターネットならでは。このところ、本格焼酎に関する雑誌やムックが矢継ぎ早に出版されており、その制作を多くの女性たちが担っている。読者もまた、好奇心旺盛な娘たちがかなりの部分をシェアし、したがって焼酎居酒屋は若き女性たちで溢れ、残業が終わってやってくるオヤジ達にはもう座る席が残っていないということになるのだ。悄然として家路につくオヤジ達に必要なのは、馴染みの居酒屋でのむ一杯の焼酎だというのに・・・(^^;)

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