2月
直燗
●テレビが始まった。

昭和28年の2月1日は、テレビ放送記念日である。この日、NHK東京放送局が日本初のテレビの本放送を開始した。午後2時、東京・内幸町の東京放送会館から「JOAK-TV、こちらはNHK東京テレビジョンであります」の第一声が放送された。当時の受信契約数は866台、受信料は月200円。その年の8月には日本テレビ、翌年3月にNHK大阪と名古屋、1960昭和30年4月にラジオ東京・現在の東京放送TBSでもテレビ放送が開始。放送局も放送時間も番組も視聴者もこの50年のあいだに増えたけれど(あたりまえか)、番組の質は決して高くなってはいないのではないだろうか。
また、この日は、
京都にわが国初の市電が営業を開始した日でもある。塩小路東洞院通〜伏見町下油掛間の6.4kmだった。イギリス製の15馬力16人乗りの電車は、時速10キロほどで走ったという。初期の市電は運転手の側に「電車の先走り」という少年を配置し、停車の度に前後の安全を確認していた。東京の市電は1903明治36年に営業開始されたが、いまや早稲田からの一路線だけを残すのみ。
1日から7日までは成人病予防週間です。特に(なぜか)高血圧にお悩みのかたがたはご注意を!あわてず、さわがず、怒らずに、静謐な日々を。ま、ムリかな。

●撲滅できるのかなぁ

2日は、頭痛の日である。はい、「ず2つう2」の語呂合せですね。平成13年ジョンソン&ジョンソンと慢性頭痛に悩む人たちで結成した「頭痛撲滅委員会」が制定慢性頭痛に悩む「頭痛持ち」の存在をアピールし、社会に理解の輪を広げる日として制定したもの。
頭痛の原因はいろいろあるんでしょうが、よくわからないものも多いのだとか。お隣の国や国とはいえないその隣や、そのまた隣の国などが「賠償」とか「補償」とか「援助」とか声を上げるたびに、こちらは頭痛に悩むのであるが、原因はわかっているのだから、治さなくては。左手にはバファリン、右手にはカネでなくて、●●を。

●こんな日があったとは。

2月3日は、ジュディ・オングの日なんだと。1990年といえば、平成2年ですね。米ネバダ州が制定したのだそうな。彼女が文化の架け橋として活躍したことを記念したと記録にあります。さて、なんの文化のかけはし、なのでせうか。
とりあえずそれを祝って「
鶴見」、そして彼女といえば、やはり大「海」でしょう。

●我也喜迎he2茶

喫茶養生記によると、790年前の建保2年2月4日、将軍源実朝の二日酔いを僧・栄西が茶で癒したと伝える。さて、お茶が二日酔いに効くかどうかは知らないが、心の安寧を涵養するには良いというのは確かである。高血圧の方々(くどいって?)にはこの際、酒などのまずにお茶をと申し上げたい。自分には言わないけれど。麹には黒白黄の三役があるが、茶には黒白黄紅緑などが揃っている。はい、中国でのことです。烏龍茶の高級品「鉄観音」そしてそのまた最高峰の品は「凍頂烏龍」といい数グラムで何万円。これは中国ではなく、台湾のお茶だそうです(雲南原籍の女史に聞いた)が、もちろん飲んだことはありません。茶の名と同じ、「玉露」の黒麹をいただきましょうか。茶を超えている秀逸。

●雪祭りというか、自衛隊祭りというか。

2月5日から11日までは、札幌の目玉イベント、さっぽろ雪まつりが開かれる。いつだったか「自衛隊は嫌いだ」と公言する札幌の首長が「反自衛隊デモが起こっても知らない」と言いながら自衛隊に雪祭りへの動員を要請した。(ちなみに、毎年11月上旬に雪祭り実行委員会と自衛隊とが協定書の調印を行い、札幌市長の要請を受けて行われる。自衛隊にとっても雪祭り参加は、地域貢献や民生協力活動の一環としてされ、実際の雪像造りの作業は、自衛隊員の訓練の一環として位置づけられている。)11師団長がこれを聞いて怒ったが、「彼のためでなく、地元の方々とくに子供たちの笑顔のため」と隠忍自重して任務を遂行したのだった。まことに左巻きバカは始末におえぬものなり。

●またまたお茶です。

2/6は抹茶の日です。愛知県西尾市抹茶振興協会が西尾茶創業120年を記念して制定というローカルな出自。茶道で釜をかけて湯をわかす道具「風炉」から「ふ2ろ6」の語呂合せ。抹茶は臨済宗を起こした栄西が中国からもたらしたといわれるが、今の大陸に「抹茶」があるのだろうか。文物が渡来して栄え進歩し土着する反面、もともとの原産地で見る影も無いという好例は「仏教」でしょうね、やはり。まあ、日本の仏教会にも変なのはいっぱいいるが、あっちでは仏教自体が否定され形骸化されてしまっているから。
仏教伝来の話にあやかって「
黒瀬杜氏」をいっぱい。そう、鑑真和上が上陸したのは「坊津」でした。

●ロシアを中国語で書くと「俄羅斯」。

「俄」は「餓」と発音が同じ。
7日は北方領土の日である。昭和56年に政府が制定した。政府はこれくらいしかしていない。1854安政元年12月21日(新暦1855年2月7日)、日露和親条約が締結され、北方領土が日本の領土として認められた。択捉島・国後島・色丹島・歯舞諸島からなり、面積は4996平方kmで沖縄の2倍強である。
平時の国家間交渉で取り決められた国境に意味がないことがわかる。中国は「固有の領土」をみとめず、切り取ったところが「領土」であると言う。尖閣列島に自衛艦隊を遊弋させるべき理由である。

●縁のない日

9日はふくの日。昭和56年下関ふく連盟が制定。「ふ2く9」の語呂合せ。下関では、河豚は「ふく」と発音し、「福」と同音であることから縁起の良い魚とされている。中国では「福」という字を書いた紙をさかさまに門に貼るが、これは「倒〜さかさま」と「至〜くる」が同じ発音だからと中国語のテキストで知った。
この日は「まんがの日」である。知る人ぞ知る漫画本専門店「まんだらけ」が制定したもの。手塚治虫さんの命日である。ふくを肴に、というのはムリなので、録画しておいた「蝉しぐれ」を見ながらいっぱい(わかるかな?)。

●左党の日、ではありません。

10日は左利きの日。平成13年 Japan Southpaw Clubが制定した。「レ0フ2ト10」の語呂合せですね。既に8月13日が世界的な「左利きの日」となってたが、日本ではお盆の時期に当りイベント等を開催するのが難しいため、別の日が制定されたというご都合主義。
左党の日でもよさそうだが、それは一年中ありそうだから、ま、いいか。

●ハワイ攻撃を持ち出して文句を言ったバカもいた。

10日は海の安全祈念日である。平成13年全国水産高校長協会が制定した。2001年愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」が、ハワイ沖で米国の原子力潜水艦に衝突されて沈没し、教官や生徒ら9人が亡くなったことを祈念したもの。まあ、あのときのアメリカ海軍はかなり誠意をもって捜索や家族対応、補償などにあたったと記憶している。これが黄海や東シナ海でなく、あっちの国の海軍でもなかったのがせめてもの幸いだった。

●紀元節

11日は紀元節である。明治5年に制定された祝日である。四大節(新年・紀元節・天長節・明治節)の一つ。敗戦後、廃止されたが、昭和41年に「建国記念の日」として復活した。紀元前660年を元年として「皇紀」という年の数えかたがある。ことし(平成17年、西暦2004年)は2665年である。「紀元節の奉祝歌」の五番、「正義りんたる旗の下/明朗アジアうち建てん/力と意氣を示せ今/紀元は二千六百年/あゝ彌榮(いやさか)の日は上る」とある。「金鵄」でも吸いながら「亜士亜」を啜りますか。

白人は基本的に敵である。

1809年2月12日は、アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンの誕生の日。南北戦争に勝利し、奴隷解放宣言を行った。なんと、奴隷解放に反対していた南部の諸州では今でも祝日になっていないというのがまさに「合衆国」である。
表題は、黒人にとってという意味
まあ、有色人種すべてにとってと解してもかまわない。

●世界中でこんな日はない

14日は、バレンタインデー。昭和33年にメリーチョコレートカムパニーが行った新宿・伊勢丹でのチョコレートセールが始りである。1年目は3日間で3枚、170円しか売れなかった。現在ではチョコレートの年間消費量の4分の1がこの日に消費されると言われるほどだ。キャンペーンの大成功例といっていい。女性が男性にチョコレートを贈る習慣は日本独自のものというか、世界中でそんな奇習のある国はない。チョコ売り場に女性がたむろする風景はなんともいえないが、一箇月後の「ホワイトデー」に返礼のプレゼントを買う男たちの姿はもう哀れとしかいいようがない。なんて憂いつつ「紅岳」と「白露」をかわりばんこに舐めようかな。
14日は、「にぼしの日」でもある。全国煮干協会が制定した。「に2ぼし14」の語呂合せです。飲むなら肴はこれがいい。

●確定申告です。

所得税申告は16から3/15まで。お忘れなきように。「吹niu不上税」とは、
ホラに税はかからないという中国の慣用熟語。「好きに言ってなさい」というほどの意味で使う。

●基本的に人権は白人のもの?

2月19日は、「強制収容を忘れない日である。昭和17年(1942)ルーズベルト大統領の命令により、アメリカ在住の日系人11万2千人が強制収容所へ転住させられた。財産は没収され、多くの日系人が収容所で死んだ。アメリカ国籍を持つ日系人の若者たちは進んで陸軍に入隊しヨーロッパ戦線で戦った。命がけでアメリカに忠誠を尽くし親たちの名誉を守ったのだった。
国籍をとらずに公権力を行使できる役人になれないと裁判を起こすどこぞの人々とは根本的に違うのである。
日系アメリカ人はこの日に集会を行い、人種的偏見が再び起きないように訴えている。


●雪の日だった。

2.26事件。昭和11年のこの日、陸軍の青年将校が約1500名の部隊を率いて首相官邸等を襲撃。内大臣・大蔵大臣等を殺害し、国会議事堂、警視庁など永田町一帯を占拠した。貧困に喘ぐ農民の子弟をあずかる青年将校がちが「昭和維新」に立ち上がったのだった。事件は高級将校・将軍たちの裏切りなどによって潰えてしまった。これ以降、軍部の政治的暴走が始まる。この事件をテーマにした掌編「いわなの冬」を書いた。

(2月おわり)


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