(上燗)
(上燗)
●世に絶えぬは・・・(^^;)

桜の花のトンネルを希望に胸をふくらませて歩いた入学式が懐かしい。おとっつあんにとっては気の重い(ことも多いだろう)新年度のスタートの日、4/1。この日は「万愚節」、四月馬鹿つまりエイプリルフールである。この日くらいは馬鹿を治したいんだけれど、なんて言ってるのは誰?
その昔、ヨーロッパでは3/25を新年とし4/1までの春の祭りを開催していたが、1564年にフランスのシャルル9世が1/1を新年とする暦を採用。これが気に入らない人々が4/1を「ウソの新年」として馬鹿騒ぎするようになったのが始まりとされている。馬鹿ですね。
また印度では悟りの修行は春分の日から三月末まで行われていたが、すぐに迷いが生じることから4/1を「揶揄節」と呼んでからかったことに由来するという説もあります。飲兵衛的には後者の説を採用したいものですが。
反省と悟りへの道程を感慨しながら一杯。酒は「がらるっど」などでははどう?。来し方行く方を思いつつ無言で盃を重ねる。肴は「さえずり」がいいでしょか。
三年片頬なれど決すれば巨鯨の迫力で我ゆかんの気概を込めつつ。ふ〜、たまにまともなことを言うと疲れます。新年度はつい気がはいってしまっていけない。

●自然体でゆきたいものです

愚娘が歯列矯正をやっている。小型のクルマが一台買えるほどの費用が飛ぶ。
矯正を始めてそろそろ半年になるだろうか、乱杭だった歯列がすこしづつ整ってきたようだ。歯と軍隊はきちんと並んでいるのが美しいが、一糸乱れぬ行進をアピールするどっかの国よりすこし整わないくらいのほうが親しみがもてる。因みに自衛隊の行進はどうみても後者である。4/2は「歯列矯正の日」もちろん語呂合わせタイプ。
山の木々が一糸乱れぬ植林のさまを見せているのもあまり嬉しくない。雑木林こそが土地を肥やし、川そして海の豊穣を約束するのだから。
4/3は「全国植樹祭」、「愛林日」である。昭和9年(1934)、茨城県の国有林で行われた「中央植樹行事」がその発祥である。
緑豊かな国土であらんことを祈って一杯。
自然麦」をストレートで。「園の露」も「園乃露」もすばらしい。
大楠」も「自然栽培」もいい。「屋久の大自然林」も忘れてはいけない。

●インゲン豆で一杯、こいがまたよかとな〜

隠元禅師といえば黄檗宗の開祖。禅寺には酒は禁物。
お山の入り口には「葷酒山門を入るを許さず」と書いてあるものだ。酒飲みには縁の無いものかというと実はそうでもない。
禅宗はしらず仏教の僧侶たちは「般若(知恵)」のお湯であって燗酒ではないとして、毎夜知恵の摂取に怠りないのである。
隠元禅師が中国大陸から持ち帰ったといわれるのが隠元豆。
禅師の命日である4/3は「いんげん豆の日」です。塩茹でした隠元豆をつまみながら飲むのはかぼちゃ焼酎の「香華」。よく冷やしてストレートでいただく。落合さんなら、いんげん豆の焼酎も造ってくれそうだ。

●日本の道路の始まりは魚市場

さて、なまぐさついでに。
むかし魚市場は築地ではなく日本橋にあった。日本橋川を押し送りの船や小振りなチョキ舟が賑やかに往来していた。市場に並べられた魚はまたたくうちに棒手振りの威勢のいい声とともに江戸各所へと散っていった。
もともと木橋だった日本橋が石橋に架け替えられたのは明治44年4月3日のことである。この橋の中央に国道の基点となる「日本国道路元票」がある。
東京オリンピックを機として江戸以来の掘割は埋め立てられ、あるいは暗渠となった。日本橋もその上を高架が通り、無残な姿になっている。池波さんが「小役人の発想で江戸をだいなしにした」と憤慨されたのもむベなるかなである。血圧があがる。一杯やらずにはいられぬ。古酒を使った「鰹群」をお湯割で。肴はコハダの酢〆。

●ヨイヨイの日ってあるかな?ありません。

4/4は「おかまの日」である。
飯を炊くお釜ではない。新宿二丁目あたりに多いあの「オカマ」である。
紅白歌合戦にケバい衣裳を着て出てくる歌手にもいますね。由来は3/35/5の、女と男のそれぞれの節句に挟まれているからだというが、そもそも「おかまの日」って何を記念するんだろう?
同じ4/4は明治12年(1879)琉球藩を沖縄県にすることが布告された日。沖縄県の誕生である。アメリカ施政下にあった沖縄が祖国復帰し、新生沖縄県となったのは昭和47年5月15日のことである。
これはもう、「燃えて咲け酒の華」と歌われた泡盛を酌むしかない。
秘蔵の「やまかわ」、もしくは「海の邦」27年もの琉球ガラス瓶入りを開封しようか。

●横丁という言葉も実感がなくなってきましたね

4/5の語呂合わせタイプの記念日として「横丁の日」がある。
風情はあるが現実的意味はどうなんだろう?
それよりこの頃は二十四節気のひとつ「清明」である。清浄明潔の略。
晴れ渡った空にはまさに清浄明潔という語がピッタリ。
地上に目を移せば、百花が咲き競う素晴らしい季節だ。こういう良い日には何はともあれ一杯。花の季節には早いかもしれないが「山吹の里にごり」をぬる燗でいただこう。すこし汗ばむほどの陽気ならば「風に吹かれて」をストレートかロックで。「白石原酒」をちびりとやるのもいい。

○人は石垣、酒は白。

語呂合わせタイプを連発。4/6シリーズだ。
まずは「城の日」です。白鷺城と謳われる姫路城を中心に、市街復興のために姫路市が制定したもの。国宝であり世界文化遺産。
わが薩摩の島津城は平城だから観光的に再建してどうのということはない。だが鹿児島は多くの財産を持っている。鹿児島「ブランド」を強烈に作り上げる有形無形の財産がある。そんなことを考えながらとりあえず一杯。
そうそう、この日は「白の日」でもある。んじゃあ、「黒の日」は9/6なのかと思ったあなた、ブーです。9/6は黒ならぬ「墨の日」(^^;)。さて、しろの日にふさわしい焼酎といえば白麹仕込みの「八幡」そして「さつま白波」。もちろんロクヨンのお湯割で。
また4/6は「新聞を読む日」でもあります。4月は転勤や入学などで住まいを移す人が多いことから「これを機会に新聞を読みませんか」とキャンペーンを行うのは制定した日本新聞協会。おまけとして、明治8年のこの日、コンビーフ缶の台形のブリキ缶が特許登録されたのでした。手詰めしやすかったからだって。で、「コンビーフの日

●あなたは猫派?小生はネコも好きですが、やはり犬派です。

上野の科学博物館に「忠犬ハチ公」の剥製がある。このことを数年前実際に見て初めて知ったのだった。4/8は「忠犬ハチ公慰霊祭」である。
昭和9年のこの日、渋谷駅頭に彼の銅像が建てられた。
ハチ公自身も出席したのだった。ハチ公は翌年3月8日に一生を終えた。
魂はご主人様のところに帰ったのだろうが、ハチ公を偲ぶ人々のために、ずっとこの場に凛々しく立ち続けている。そんなハチ公を偲んで一杯。
上野公園の陽だまりで秋田大館の清酒「雪の大文字」をちびり。
清酒の次はやはり焼酎。谷中の酒屋さんで買いこんできた「御神火」。
伊豆大島のこの蔵には忠犬テツ(柴犬)がいる。

●時にはやまとの原点に帰って考えたいもの。ごわんそ、大佐衛門さあ?

奈良盆地の冬の寒さは厳しい。
だが4月の声を聞くと鳥が鳴き水が緩む。春の本番である。
学生時代、春日大社に僧職の「インターン」で働いていた友人と若宮近くまで山を分け入り春らしい土や草の香りを肴に酒を、もとい般若湯を酌み交わしたものである。
ここから指呼の間に興福寺、東大寺と点在している。東大寺戒壇院前に写真家入江泰吉邸がある。邸というより亭といったほうがいい風雅な佇まいの民家である。
何回かお邪魔しお話をお伺いしたことがあるがいつも物静かな紳士であった。平成4年(1992)1月16日に逝去。近鉄奈良駅近くの斎場で行われた葬儀で、ペギー葉山さんが追悼の歌を独唱したのがなぜか記憶に鮮明である。まことに奈良の都のすべてを愛した人であった。
天平勝宝4年(752)4/9は東大寺大仏開眼供養の行われた日である。
開眼の導師を勤めたのはインドの僧侶、波羅門僧正・菩提僊那(ぼだいせんな)。また、中国や朝鮮をはじめ諸国の音楽や舞踊などが披露され、当時の東アジアの中では最大級の国際イベントとなった。
さて前置きが長くなったが祭りに酒は欠かせない。8世紀のご先祖さまたちに敬意を表してまずは一杯。奈良の地焼酎「大和 火の酒」。米焼酎だ。ラベルから不動明王が吼えているようだ。肴なし、ストレートで。

●珈琲にも酒にも魂を注ぐひとが、いまもなお。

10月1日は日本酒の日とは飲兵衛の方々がおおく知るところであるが、実はこの日は「コーヒーの日」でもある。1983年に全日本コーヒー協会が制定した。その由来は日本酒同様に出荷や消費に関連している。
さてまだ時は4月、何を先走ってとご懸念の向きもあるだろう。
話はやはり4月に戻る。明治21年(1888)4月13日わが国最初のコーヒー専門店が下谷上野西黒門町(いまの京成電鉄駅あたり)に開店した。どうも本格的な社交サロンの風を持っていたらしい。
新聞、図書そしてステーショナリーまで常備し、トランプ、囲碁、将棋、ビリヤードなどを楽しめたという。更衣室や化粧室まで完備していたというから恐れ入る。
酒は置いてなかったが現代の価値で言えば1000〜2000円もする本格的なコーヒーをだしていた。話題性は充分である。
経営者は鄭永慶。中国名だが日本人。
通訳をやっていた家系ということもあり十代にして英語、フランス語、中国語に堪能なトリリンガルであった。実は学校を経営したかったが、資金が無いのでコーヒー専門店を開いたのだという。
酒を置かない社交サロンが成立するのか、と疑問に思うがやはり客は話題性のみで一度来店するもリピーターにはならず、経営的には失敗、追われるようにアメリカに去った鄭はその地で客死した。
ひとつの明治の理想とその終焉の物語であった。
春爛漫の景色を窓外に眺めながら、先人に思いをはせて一杯。鄭の生国である長崎と彼が37歳という短い生涯に幾たびも越えていった太平洋を思い、「青一髪」をストレートでいただこう。この銘柄名は、頼山陽が水平線という意味を込めて作った漢詩「泊天草洋」に因む銘柄名である。

●いっそカワハギ組、でもいいかも。釣り人にしかわかりませんね(^^;)。

「ありゃあ、ヘリコプター組だからなあ」とビジネス街の居酒屋でグチをこぼすサラリーマンをご覧になったことがあるだろう。
官公庁からなら「天下りだから」となるのだが、民間会社の本社から系列会社に移籍転籍してきたことを「ヘリコプター」に例えて言っているわけである。「落下傘組」ということもある。天才レオナルド・ダビンチが聞いたらなんと思うだろうか。
4月15日はヘリの原理(以前全日空機の尾翼マークに描かれていた)を考案したというレオナルド・ダビンチの誕生日。全日本航空事業連合会が昭和61年に制定した「ヘリコプターの日」である。
ところで「ヘリ組」と「落下傘組」には違いがある。
ヘリは自力で離陸できるが、落下傘は上空から落ちてくるだけ。春先の話題としては身につまされる記念日である。
気を取り直して一杯。ここはやはり気分を高揚させなくては。
全日空の国際線で販売されている「」をショットグラスで。いやなに、ヘリや落下傘で降りてくる連中を斬るというわけではないですぞ。紅薩摩を原料芋に、芋の芯をくりぬいた吟醸仕込み。そのハナタレである。
内包する優しさと剛剣のようなキレをふたつながらに堪能。おまけとして、この日はどこぞの弁護士連合会が制定した「遺言の日」でもある。もちろん語呂合わせ。

●横文字にすればいいというもんでもないけれど。

ヘリコプター組だとか落下傘組だと不調法な話題の後で恐縮だが不景気な時代だから仕方がない。
そのヘリにのってきた奴や、落下傘で降りてきた奴のおかげで外に追い出される人もいる。理不尽だが世の習いでもある。
仕事を失っては生きて行けないから次の仕事を探す。
若いうちはともあれ老骨に染み込む風は春とはいえうすら寒い。失業保険もいつまでも続かない。職安の職員の表情も厳しさを増してくる。
4月17日は「職安記念日」である。昭和22年のこの日に制定された。それまでの職業紹介所を「公共職業安所」と名称を変更した日である。
現在はおなじみの「ハローワーク」という愛称が一般的になった。
カタカナ文字にすればイメージは変わるが質実が変わるわけではない。むしろ哀れが増すだけである点、売れないタレントや仕事の無いフリーライターやデジタルに乗り遅れたアートディレクターと同じである。
むかしは「口入屋」という商売があった。いまでいう職安、職業斡旋所である。
奉公人を商家に斡旋する商売といったほうが近い。
口入屋は自分が扱う求職者に責任をもたされるから、商家としてはワンステップ安心できる求人システムであったわけだ。引き込み女なぞを入れた日には後日「火盗改め」から厳しい詮議があったのである。この辺、ちょっと鬼平がはいってます。藤沢周平さんの「用心棒日月抄」にもちょっと怪しい口入屋が出てくる。
瓶の底も見えてきた「寿福絹子」を飲んで元気を出そう。2600円 (税抜)もする村上龍の「13歳のハローワーク」など買うより元気の水のほうが役に立つ。「おやっとさあ」なら二升、お釣りで肴も買える。
以前ハローワークがらみの「やりなおせるか人生」という短編を某子供服メーカーのメルマガに書いたことがある。「六人の淑女」の二番目です。おひまな方はどうぞ。

(下燗につづく)


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