(下燗)
(下燗)
●神々に一番近い酒なのかもしれんです。

鹿児島出身者なのに、鹿児島の島々にはほとんど行ったことが無かとです。
数年前に「百合」の蔵元、塩田酒造を甑島里村にお訪ねしただけで、従妹が嫁いだ種子島も、末弟が勤務する屋久島も、友人が住む奄美諸島も未踏の地のまま。
黒糖焼酎の里、奄美諸島には是非いつかと希望だけは持ちつつも時間と経済がそれをゆるしもはん。
黒糖焼酎の原料はその大部分を沖縄のキビに委ねているらしかですね。主にコスト面の理由だとか。まだ少量だけれど、島内産の原料にこだわって造る酒も登場して評判を呼んでます。
昨年の4月29日の「琉球新報」社説は、「さとうきびの日」にちなんだテーマで、キビ産業の弱体化を憂い、再興にむけての取り組みを提言しもした。ただいまの焼酎ブームで首都圏を中心に黒糖の伸びは凄いです。4月第4日曜日さとうきびの日」。ことし平成16年(2004年)は4月25日になっとですが、休日の夕方、春の残照のなかで「朝日」「長雲」「奄美」「龍宮らんかん」などなど、黒糖焼酎をいただきながら南の海に思いを馳せるというのはどげんでしょ?

●本は本でもマンガ本ばかり読む少国民ちね・・・

ワセダも慶応も創立者の思いを踏みにじるような不祥事続き。
これは大学が悪いというより戦後の教育そのものが大事なことを忘れ果ててしまった結果であると思うのですが、どげんですかね。
早稲田出身の小生、大隈公よりは慶応義塾の創設者、福沢諭吉翁のほうを尊敬しておりもす。
翁の教えには様々あるけれど、なかでも心に染みるのは、
「世の中で一番みじめなことは教養のないこと」
・・・という一節ですね、やっぱり。身に染みいる教えごわす(^^;)。

西郷吉之助の母、満佐子が西郷家に嫁入りするとき、仲立ちした人にこう言ったと伝わっている。
「本をよむ家であれば結構でございもす」
鹿児島では赤貧洗うがごとき下級郷士にあっても時間を惜しんで「本」を読んだ。「教養」のない人間はたとえ位が高かろうとも軽蔑された。
このごろの若者に「活字離れ」が激しいそうである。その若者たちの親世代がもう本を読まないのだから仕方が無い。
4月23日は「世界本の日」である。昭和61年(1896)日本書店組合連合会と日本カタロニア友好親善協会などが制定したもの。スペインのカタロニア地方では守護聖人サン・ジョルディの日として女性が男性に「本」を贈る風習があるという。わが国の女性たちも「じぶんにご褒美」などとアホなことを言っていないで、彼氏に本を贈ったらどうか。そうそう、「心にしみる焼酎の話」(南日本新聞社編/1238円+税)などおすすめである。
こういう夜はアタマに柔軟性を取り戻すために一杯やらずばなるまい。「隆盛翁」でもと探したがもう随分前に切れていた。西郷さんつながりといえば「石蔵」か「白銀坂」か。いずれもお湯割で美味しい酒である。

●これからは麦酒のシーズン。焼酎のチェイサーにもよかです。

4月も下旬になると初夏の光が透明な風の中でまぶしく輝くそんな日が増えてきますな。
ウオーキングした午後早い時間に、缶ビールのプルトップを引き上げるときの幸福感はたまりません。じつはさっき消化したカロリーをさっさと補填しているだけなんだが、まあ、そんな俗物的な悩みは泡とともに吹き払って天を仰いでビールを飲み干すと、もう矢でも鉄砲でももってこいという気になる。
酒の歴史を辿ると、メソポタミアでは紀元前3000年にはビール(とワイン)が造られておりました。はやいですね。わが神武建国はそれから2400年後。

メソポタミア南部、古バビロニアのハムラビ法典には、酒場の女主人が酒の量をごまかしたりしたら死刑、また酒癖の悪いものに酒を売るのは厳禁などと書いてあるらしい。酒を巡る問題は5000年前から変わっておらんですね。
4/23は日本地ビール協会などが制定した「地ビールの日」。
ドイツ国でも「ビールの日」となっている。1516年、バイエルン国王ウイルヘルム4世がビールの定義を決めた「ビール純粋令」を発布した日。水、ホップ、大麦、小麦の麦芽、酵母だけがビール造りに使用できると決めちゃった日です。
メソポタミアといえば現在のイラク。
バビロニア人が住んだのはその南部、陸自支援群が展開するサマーワあたりじゃないですか。ビール発祥の地にあって酒の一滴も飲まぬ隊員たちに敬意を表して一杯。
麦焼酎「万年」をロックでいただきましょう。

●竹林の愚者、こりゃあ賢人よりあこがれます。

4/25は「御忌」「法然忌」、浄土宗の開祖、法然上人の忌日法会。
京都ではこの日からが「行楽の始め」であり、「弁当始め」「衣裳競べ」とも呼ばれた。いにしえの「春のあそび」の風雅さを感じますのう。
弁当を持って晩春の竹林に遊び、かっぽ酒などやりつつ美貌の女官が弾く琴の音に夢うつつ・・・いいなあ。ほとんど白昼夢じゃっですね。
竹林で遊んだ後は風呂にはいらなくては。
4/26は「よい風呂の日」。もちろん語呂合わせタイプです。
風呂上りのビールの美味さ、これもこたえられない。イラクの陸自派遣隊員には聞かせたくないが、プシュッというあの音に集約された一日の終着。ふぅ〜、たまりませんな。

●あ、くさい・・・

現代では団地妻も魚屋のおかみも芦屋のマダムも全部「おくさま」と呼べばまあ間違いないけれど、江戸時代の江戸で奥様と言えば武家のお内儀のことだった。
その「奥様」はとりわけ大身の旗本などでは家事など一切しなかった。
女中や乳母若党などお屋敷のスタッフが何でもやってしまう。奥様の仕事は跡取息子を産むこと、これに尽きた。
そんな中にあって、お役目柄そして性格(たち)から甲斐甲斐しく殿様(主人のこと)とそのブレーンの世話を焼き働きを助け癒しを与えるのが久栄、鬼平と恐れられた長谷川平蔵の「奥様」である。
もちろん池波正太郎氏の時代小説「鬼平犯科帳」の世界でのことであるが、この奥様のこころくばりは火盗改めの長官たる旦那と絶妙の阿吽を感じるほどに木目こまやかな優しさに満ちているのである。まさに「良妻」の鏡といっていい。
この久栄の対極にあるのがソクラテスの妻のクサンチッペ。悪妻の代表のように言われている。ソクラテスは若者に結婚を勧めてこう言う。結婚はした方が良い。もし良妻を得たなら幸せになれるし、運悪く悪妻を得た場合は哲学者になれると。そして彼は偉大にして正直な哲学者となり、その正直な故に毒杯を呷ったのである。
4/27ソクラテスが処刑された日。そして「悪妻の日」。
ちなみに「良妻の日」というものは・・・あるんだろうか?

端午の節句ではなく、こいのぼりの日というようなもの

昭和が終わった日のことをつい昨日のことのように思い出す。
昭和の時代を目覚めている12時間に例えると、午前7時起床。これが昭和元年の始まり。昭和9年の満州事変は午前8時過ぎ。午前9時、青年将校たちが決起、2.26事件である。15分後には軍閥により銃殺。
午前十時、真珠湾が炎と煙に包まれる。午前十一時前、敗戦。お昼時に朝鮮戦争。特需。午後(つまり昭和25年から昭和64年正月まで)は景気不景気を繰り返しつつもずっと戦火はない。昭和的一日である。生物学者であり自然を愛された天皇を偲びまいらす一日として制定された4/30の「みどりの日」は昭和天皇のあれましし日である。
制定理由から「昭和天皇」を偲びという部分が欠落してしまったのはなぜだろう。この日を「昭和記念日」として5/4に「みどりの日」を移転するという動きもある。


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