7月
下燗
●いいものはいい、となぜ言えない?

7/12は日本標準時制定の記念日である。明治19年(1886)、勅令により明治21年1月1日から東経135度の時刻を日本の標準時とすることとなった。これは勅「令」であり法律である。天皇陛下のお言葉である「勅語」ではない。勅令が今にいきているのに、「教育勅語」を排斥する川辺町の日教組と行政は考えがすこしゾンビではないかね?「さきもり」をストレートでいただきながら、嘆く爺いである。

●さて勅令の第二弾。

廃藩置県の詔勅明治4年(1871)の7/14に出された。徳川幕府治世下に綿々と続いた藩を廃止して県を設置する詔書が出された日である。
実は明治2年の版籍奉還で江戸時代の藩はなくなっていたが、旧藩主がそのまま藩知事となっていた。明治政府は中央集権国家を確立するため廃藩置県を断行し、各県に中央政府から県知事を派遣した。
ただそう簡単にはいかないもので、明治十年の西南戦争では、県をあげて政府に挑んだ。県知事は捕らわれ処刑されたのだったが。薩摩の反中央権力はいまなお続いているような気がする。
北朝鮮による拉致を選挙のネタにするような政権党に対して単身立候補した薩摩隼人の当選をもっとも恐れ注目しているのはそのテロ国家の頭目だろう。今日現在(16.7.11)では見当が付かないが、拉致被害者家族である彼が当選できないような日本ではもう彼の亡きご父君が念じた日本ではない。
この日は、またパリ祭でもある。
パリ市民がバスティーユ監獄を襲撃し、多くの政治犯を解放した。これがフランス革命の始り。この日が日本で「パリ祭」と呼ばれているのは、ルネ・クレール監督の昭和7年(1932)の映画“Lu Quatorze Juillet”(7月14日)の邦訳名が『巴里祭』だったことに因む。地続きなら北の収容所を解放して「平壌祭」にでもしたいものだ。まあ、そんな根性はへたれ政権と外務省にはないだろうが。血圧を下げるには「真鶴」の目出度いラベルを眺めながら一杯。

●利権の切れ目がはっきり見えます。

7/15は中元である。
中元の習慣は中国から伝わった。正月15日は「上元」10/15は「下元」とする三元からきたもの。日本では盂蘭盆と重なり祖先を供養し、両親に食物を贈る風習が、現在のように世話になった人に物を贈る形になった。世話になった人に贈る風習のはずが、いまでは永田町や霞が関に代表される、見返りを期待しての振る舞いになってしまった。
盂蘭盆は祖先の霊を供養する行事。胡瓜や茄子で乗せる牛や馬の形を作りお供えする。旧暦や一月遅れで行う地方もある。
夏休みをこの日を中心にとって故郷へ帰る人たちが多い。ほんとうに「おやっとさあ」である。中国語で「老郷(ラオシャン)」というふるさとへ、お墓詣りに帰るということの大事さを特にこのごろ感じるようになった。爺いである(^^;)。

●藪入り制度復活を・・・希望しません(^^;)。


むかしの日本人はよく働いた。いまの週休二日のことを聞いたら、江戸の人々は気絶するんじゃなかろうか。7/16は「やぶ入りである。この日と、正月だけは奉公人たちが実家に帰ることができた。この日は送り盆である。中国や韓国から不逞強盗団が来襲することもない時代。はるかな江戸時代に思いを飛ばしていっぱい。「麟州」をストレートで。ほどよく熟成した味わいの酒だ。


●日本初の駅弁発売。まだ窓を開けて弁当が買えた時代。

明治18年(1885)の7/16。日本初の駅弁が登場。この日開業した日本鉄道東北本線の宇都宮駅でのこと。
宇都宮市で旅館業を営んでいた白木屋嘉平が、たまたまその旅館に宿泊していた日本鉄道の重役の薦めで販売したという。握り飯2個とたくあんを竹の皮に包んだもので値段は5銭だった。
まだ蒸気機関車が黒々と煙を吐いて走っていた頃、窓を開けて駅弁を買っていた。肥薩線の山間の駅で蝉時雨を聞きながら弁当を「つかった」ことを思い出す。
窓の開かない列車の時代では想像もできない若者が多いのではないだろうか。「天涯一酒」をしみじみといただきながら、夜行列車の窓にうつる月のような車内灯を思う。

●海はいいですね。ひがな揺られて一杯。

7/19は海の日である。平成8年(1996)「海の記念日」が海の恩恵に感謝するとともに、海国日本の繁栄を願う国民の祝日「海の日」になった。「祝日法」の改正で平成15年から7月の第3月曜日となる。
元々は明治9年に明治大帝が東北地方行幸から横浜に帰着されたことを記念したものである。海の旬間は20〜31。運輸省(現在の国土交通省)が制定した。「海の日」からの12日間である。海と言えば「釣り」。もともと「釣り」のサイトであったはずの「ひるね蔵」は釣り記事の更新はここしばらく(というかずっと)なく、釣友たちからの顰蹙の声ももう絶えてしまった(^^;)。ひるね本隊の表紙に、商用釣りサイト「つりなび」をリンクした。ここの主宰者は釣り名人の盛川さんのご子息、わが釣友である。ささやかながら、ご協力して、先月からコラムを連載酎です。「海からの贈りもの」を啜りながら読み返す。なんだ、寸言の焼き直しだ(^^;。

●意味のない法律はおおいけれど、これが一番。

7/21破防法公布・施行の日である。昭和27年のこと。「破壊活動防止法(破防法)」は暴力主義的破壊活動を行う恐れのある団体に対する規制措置を定めた法律、ということになっているが、法匪連中やへたれ政府のおかげで、おびただしい被害者をだしたオウム事件にしても、拉致事件に荷担した総連に対しても、なんら役立たない法律になり果てている。アムネスティは人権無視として、日本政府を告発したほうがいいかもしれん。ったく!血圧高騰にはやさしい稜線を見せる山の名を冠した「黒石岳」のお湯割りで対処。ほっとします。

●水虫には下駄でしょう。

7/22はげたの日平成2年(1990)全国木製はきもの業組合連合会が制定した。7は下駄の寸法を表わすのに「七寸七分」というように7がよく使われることから。22は下駄の跡が「二二」に見えることから。伝統的な履物である下駄の素晴らしさを見直す日である。小生が愛用していたのは、竹を貼った下駄だった。むかし東武東上線の上板橋駅近くの下駄屋で購入した。先日近くに所用あって行ってみたがむかしの面影すらない商店街にその老人の店はもうなかった。竹炭濾過の「唐仁原」をロックで。所沢は竹ばやしが結構多いのだがそれもどんどん伐採されマンションに変わりつつある。

●遠くになったのは明治だけではないような。

明治45年(1912)、7/30明治天皇が崩御遊ばされた。時代は大正へと変わる。
やがて今の時代をしのばせる、しょうもない「大正デモクラシー」が到来する。フェミニストが跋扈し、理想主義が蔓延し、財閥がバブルに浮かれ、汚職が横行し、軍人が軍服での外出を嫌がったという時代である。「神座」をちびりと飲んで明治の御代に思いを馳せる。

(7月おわり)

(児玉篤氏撮影)


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