8月
下燗
●ジョシダイセイ・・・

いま(平成16年)から91年前の8/16のことである。東北帝国大学に女子が三名入学した。当時の学制上この時期の入学許可というのが平常の措置だったかは知らないが、問題はそんなことではない。日本初の女子大生が誕生したということである。今の「ジョシダイセイ」と違い、三人とも真面目な修学生だったんだろうね。東京帝国大学を卒業して巨乳プロダクションのタレントになる女子大生が登場するなど思いもよらない時代だった。あ、あれはイエローキャブじゃなくてオスカーだったかな?女子の学士サマと高級職業婦人の登場に思いをはせてその名も華やかな「香華」を一杯。え?そりゃあ「かぼちゃ焼酎」だろうって?鶴亀鶴亀。
この日は京都五山送り火の日でもあります。

●日本とアジアをきちんと見直さなくては。

昭和20年8/17、インドネシアが独立した。インドネシアといえば、まずマハティール首相。強烈な個性と戦略を持った政治家だった。
アメリカに堂々対抗し続けた彼はまたこうも言っている。
「日本の存在しない世界を想像してみたらよい。もし日本なかりせば、ヨーロッパとアメリカが世界の工業国を支配していただろう。欧米が基準と価格を決め、欧米だけにしか作れない製品を買うために、世界中の国はその価格を押しつけられていただろう。」
また、インドネシアを訪問した村山首相と土井たか子衆議院議長(平成6年当時)があいかわらずの自虐的弁明をしたのに対して、「日本が50年前に起きたことを謝り続けるのは理解できない。日本はこれからのアジアの平和と安定のために国連安保理常任理事国入りして、すべての責任を果たして欲しい。」と叱り飛ばしたのである。
それから10年、あいかわらず日本はアメリカに従属し、周辺の国から恫喝され、謝りつづけ、朝貢し続けている。
こういう話題になると血圧があがる。いっそ火を噴く「喚火萬膳」をショットグラスでごいごいといきましょう。

○ナイターにはビールと枝豆、焼酎お湯割にさつまあげ

8/17、この日はプロ野球で初ナイターが行われた日でもある。昭和23年8/17、横浜ゲーリック球場での巨人対中部(現中日)戦だった。「ナイター」という言葉もこのとき初めて登場した。今は労働者である(となっている)選手たちとオーナーという老醜たちとのリーグ制をめぐっての諍いなど喧しいが、老害たちには野球ファンの声などなんの意味もないのだろうか。
やや血圧あがりぎみなので、その名も優しい「森の響」をお湯割でぐいっといきたいところだが、思い直してちびりと一杯。もう終売の酒でした。


バイクの日と俳句の日は同じ日(イージーですね、なんとなく)

8/19は俳句の日である。平成3年(1991)正岡子規研究家の坪内稔典氏が提唱し、現代
俳句協会が制定した
。俳句といえば季語。
「焼酎」が「夏の季語」であることは知られてきたが、「日本酒」という括りはないのだろうか?「熱燗」が冬の季語であることはわかる。「甘酒」が夏の季語であるのは、江戸の「甘酒売り」は夏の風情を伝えることから知れるが、これは体力の落ちる夏場にはアミノ酸などを含む「甘酒」が有り難がられたからという。残暑を乗り切るには「甘酒」いや「卵酒」いやいや「原酒」のストレートないしは直燗に限ります。「あらあらざけ」を直接湯煎してぐい飲みで。これがうまい。アブナイ(^^;)。

○信号機を中国語で「紅緑灯」という。あれ?黄色は?

昭和6年8/20、(1931)日本初の3色灯自動信号機が銀座・京橋のメインストリートなどに設置された。このときまだ地下鉄は走っていない。銀座線が開通するのは昭和14年を待たなくてはならない。ただ、上野と浅草の間に初めて地下鉄が開通したのは昭和2年。これがのちに銀座線の一部として繋がったのだった。
シグナルも銀座が初めて、メトロも銀座が初めて。いつも時代の先頭を走ってきた街である。メトロにのって浅草に行き、観音様にお参りしたら裏手に回り、小体な居酒屋で一杯。割り水してある「さつま寿」をぬるめの燗で。いいですね。

○みなさまのNHK、のはずじゃなかった?

みなさまの、どころかいびつなワンマン経営の結果、日本放送協会ならぬ、日本放漫協会ないし日本傲慢協会と揶揄されるNHK。創立されたのは昭和元年(1926)の8/20である。特権意識と金銭感覚だけは民放同様に裏金つくりに精を出していたCP(チーフプロデューサー)が懲戒免職となり訴追されたNHK。
毎週見るのは教育テレビの「日曜美術館」だけなのに、毎月衛星放送も含めて受信料を自動引き落としされるのがどうにも納得いかん。
衝動的に棚に仕舞ってあった「新・新酒3本括り」を取り出し、かたっぱしからごいごい。4年熟成の甘さはそれぞれの歴史の反映だ。まっとうなものは時間をかければかくも熟成成長する。80年近く時間をかけて、みなさまのNHKは熟成どころか腐敗してしまった。

●長州はゆるさん〜福島県議会議員渡辺あつしさんのHPより

慶応四年(1868)八月二十三日。会津飯守山から炎上する鶴ヶ城を拝しつつ白虎隊の少年達が自刃した。幕末列伝白虎隊は自刃した少年たちのひとりひとりについて詳細な説明を掲載している。必見です。
彼らの墳墓の地に参ったのはもうかなりの前のことになる。
駐車場にバイクを停めてながい階段を上ってゆくと高い空を風が走り、松の梢がかすかに騒いでいた。山を降りる途中、伝承史学館を見たのだった。

●酒と旅を愛した牧水。

酒をこよなく愛した歌人若山牧水の誕生日に因んで8/24は愛酒の日である。
「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり」
牧水は43歳で亡くなった。死因は急性腸胃炎兼肝臓硬変症。命日は9/1である。
ここはやはり「白玉」で一杯ということになりましょうか。ちょっとだけ、お湯割で。

(8月下燗おわり)


ひるね蔵表紙へ  のんべえ歳時記表紙