11月
下燗
●新酒という嬉しさ。熟成の楽しさ。人と一緒。

11月の第3木曜日はボジョレーヌーボー解禁日である。(2004は18日)以前のワインブームはどこにいったのだろう。やはりムード先行で味わいが定着しなかったのだろうか。ワインのことを考えると、地酒としての焼酎がさてこの盛り上がりのあとどうなるかとつい思ってしまうのである。
新酒はやはり芋。10月になると新酒のラベルが店に並ぶ。焼酎不足でがらがらの棚にもこの時は並ぶ。大手メーカーの新酒は数が心配ないので焦らずに買える。芋は熟成してまろやかさを増すが新酒の若さを愉しむ酒でもある。「年号焼酎」のラベルを楽しみながら今年も大地と人の恵みを味わうことにしよう。


○幻灯映写機を自分で回して見た。45年前の鹿児島。

昭和3年(1928)の11/18、ニューヨークのコロニーシアターでミッキーマウスが登場する短編アニメーション『蒸気船ウィリー』が初めて公開されたのを記念して、この日がミッキーマウスの誕生日とされる。中国語でネズミは「老鼠 lao3 shu3」、米老鼠はミッキーマウスのこと。因みに「田鼠」となるとハムスターです。始めて見たのはタイトルのとおり。板塀に映るコマ落しの雨入り画像が懐かしい。さすがに鼠をあしらった焼酎はないだろうと調べてみたら、なかった。ねずみは「げっ歯目」であり、かっては「兎」もそう分類されていた(いまは「ウサギ目」に分かれている)。黒糖の「黒うさぎ」を・・・やはり、ムリがあるなあ。

○都の西北バカ田の森と銀座の女給にうつつを抜かす三田の色魔低脳

明治36年11/21、早稲田大学対慶應義塾大学の野球試合「早慶戦が初めて東京・三田で行われた。早稲田にとっては今風にいえばアウェーだったからか、11対9で慶應が勝利した。学生たちは試合が終わってから騒ぐのが常である。早稲田は新宿で、慶応は銀座で。小生はああいう騒ぎは大嫌いだったから一度も行かなかった。警備員のバイトをしていた新宿東宝会館からの帰りに、早慶戦のあとのコマ劇場前の状態を見たことがある。水浸しになった汲み取り公衆便所のほうがよほどましといった惨状だった。その吐寫汚物の中に何人もの学生が転がっていた。ごはん前の方、すみません。いまでも同じなのだろうか。

●いい夫婦という言葉の意味。

11/22は、いい夫婦の日である。昭和63年余暇開発センター・現在の自由時間デザイン協会が制定した。「いい11ふう(22)の語呂合せと、11月の「ゆとり創造月間」の期間中であることからと説明されている。いま日本では一時間に3組の夫婦が離婚しているらしい。これが他の国に比べて多いのか少ないのかはわからないけれど、結婚する前の想像力の不足と結婚した後の辛抱の問題というのが原因の8割方を占めるのではないだろうか?「常に相方が正しい」と念じること、これが円満の秘訣(かな?)。
紅さんごをロックでいただきながらリタイヤ後(そんなものがあれば)のことでも考えよう。

●ハズすのがご愛嬌。

明治41年11/22、早稲田戸塚球場。米のオール・アメリカンと早稲田大学との試合で大隈重信総長が投げたのがわが国初の始球式と言われる。このときの投球がどんなものだったかはわからない。いま、早稲田に「グランド坂下」という地名がある(かどうか、今はわからないが)。もうそのグラウンドつまり戸塚球場自体がないのだから「意味」がわからないという人が多いだろう。北門の正面、現在の「総合学術センター」の場所がかつて球場があったところである。西早稲田パークタワーが聳える場所に木造二階建ての怪しい下宿屋があった。ここに二年棲みつき、毎日球場をながめながらバイト先や飲み屋へと出かけていたころを思い出す。あ、授業にも。晴飲雨飲のころを思い出して「晴耕雨読」で一杯。

○自分へのご褒美を買う日ではない。

11/23は勤労感謝の日である。昭和23年公布・施行の「祝日法」で制定された。「勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう国民の祝日」。本来は「新嘗祭」である。天皇が新穀や新酒を天照大神をはじめ天地の神々に供えて感謝を顕し、自らも食される儀式。神膳には、新穀から作った米、粟のご飯、粥、白酒と黒酒が供えられる。「嘗」は「饗」に通じ、神に食物を供えること、または神と共食することを意味する。
毎年11月の下の卯の日に行うものを新嘗祭、天皇が即位されたときに初めて行う一代一度のものを大嘗祭という。
天地へ君民あげて感謝の意を示す慶き日である。よろずの膳にというその名もこの日にふさわしい「萬膳」をいただきましょうか。

○34年たった。

11/25は憂国忌。三島由紀夫氏が昭和45年のこの日「楯の会」のメンバー4人と共に東京・市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部で自衛隊の決起を訴える演説を行い、その後森田必勝氏とともに割腹自決を遂げた。あの雨の夜からすでに34年の星霜が過ぎた。
国の安全保障への国民の考え方も、自衛隊を取り巻く環境も劇的に変わったといっていいが、三島さんが訴えたことのひとつも変わっては居ないと「英霊の声」を読めば須臾にして解るだろう。

○オートフォーカスカメラは「馬鹿カメラ」か?

世界初の自動焦点(オートフォーカス)カメラが発売されたのは昭和52年の11/3。小西六写真工業(現在のコニカ)が「コニカC35AF」を発売。ジャスピンコニカ」という愛称をご記憶の方も多いかもしれない。秀逸な名称だといまでも思う。オリンパスの「ぬれてもピカソ」もいいネーミングだが、ジャスピンコニカには及ばない。オートカメラのことを中国語では邦訳すれば愚かなカメラとなる。バカチョンカメラの直訳かもしれない。カメラが馬鹿なのではなく、誰にでも写せると言う意味である。デジタルカメラなどその極致なんでしょうね。小生はやっぱり一眼レフが好みです。軽薄短小な便利もいいけれど、夢を感じる重みもすてがたい。ポケットに「結夢庵」の小瓶をしのばせて。

(11月おわり)


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