春の一日、アマダイを釣りに出かけた。

春の穏やかな海へ。



その名も夫婦橋から、燗番娘を手に尼鯛を釣りに


髪の毛も、財布も薄いが、釣りへの情熱は熱い!

その週は、ふところぐあいとは反対に、冬ともおもえないあたたかい日が続いていた。
アマダイを釣りに行こう、と思った。早春の海をピンクに染めて、上がってくるアマダイほど可憐な釣魚はない。
そうそう、釣り人は「可憐」とか「○○魚に合いたい」という言い方をよくするのだが、これは「うまそう」「つかまえてやる」に直結する意味をもっているので、
特に、おぜうさんがたにお願いなんだが、くれぐれも
「釣り人って、しんじらんないっ」
などとおっしゃらないでくださいよ。

正月の休み明け以来、てんこもりにたまった仕事に邁進し、忙殺されていた企業戦士は、ある残業の夜、ふと
「これでいいのか、人生って?」
と、給与生活者としての 禁断の疑問が脳裏に浮かぶのを感じた。

そうだ、京都、じゃない、釣りにいこう!と決心するまで時間はかからなかった。
よく、女の子たちが言っている「自分へのごほうび」ってやつ。
ん、書いていて赤面するな〜。
さて、自己納得モードにおちいったオヤジは、常備してある釣り新聞を広げ、鉛筆をなめなめ、
「さ、どこへいくかな」
と、検討し始めた。この時間が釣り人にとってはまたたのしいんだね。
「疲れたこころとからだには、アラつりはハードだし・・・」
なに、ただの飲み過ぎ疲れなんだが。
「大原のビシマ鯛は、やってみたいのはやまやまだけど、ちと遠いし」
それに、難しそうだし。
「よし、アマダイを釣りに行こう」
オヤジは、「可憐な」アマダイに「あいたい」と思った。





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