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リカーハウスながさき「本格焼酎を楽しむ会」訪問記


国分酒造の笹山氏が来場。「いも麹 芋」信州デビューの会に行ってきました。

平成13年12月8日(土曜日)午後7時〜
会場は長野県諏訪郡下諏訪町の「神乃湯」大広間

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【ここから始まった】
kimicoさんのホームページで、20000番を踏んだのは、かれこれ二年ほど前だった。SOHOの先駆けと言おうか、女史とその夫君は当時すでに小金井の旧邸から、信州のリゾートペンションが点在する景勝地に移られていた。ケーブルテレビが完備しており、執筆活動での出版社との連絡は、もっぱらインターネット経由。理想的ともいえる個人IT環境だが、ご夫妻にはIT以上に大切なものがあることを小生は知っていた。
「酒屋さんは、近くにあるのだろうか・・・・・・。」それもワインセラーを完備し、店主はワイン通でなくてはならぬ。そう、ご夫妻は大のワイン党だったのだ。アルコールとみれば、意地汚く飛びつき、芋焼酎でも、なんとかサワーでも、もちろん安ワインでも、ごいごいと飲んでいた小生、あるときご夫妻のコンセプチュアルなワイン党としての背筋の伸び方を見る機会があって、いささか自らを振り返り汗顔の末に「いも焼酎党」に徹しようと決意したことを白状しておかねばならぬ。
「キリ番ゲット記念にお酒を送りました〜」との連絡。さては、ワインかな?と、「いも焼酎党」としての決意はとりあえず横に置いて ^^; 期待して待っていたら、送られてきたのは綺麗にパッケージされた包み。
リカーハウスながさき、とラッピングシートにあった。
さすがkimicoさん、御用達のワインショップを見つけたのだなあと、さっそく包みを開けてみて驚いた。
中には、四合瓶と壷の「本格焼酎」二銘柄が詰め合わせられていた。
宮崎の川越酒造場が造る芋焼酎「川越」と、壷いりの米焼酎「赤とんぼの詩」だった。
これが、昨日小生が信州諏訪の「リカーハウスながさき」さん主宰の「鹿児島いも本格焼酎を楽しむ会」にお伺いするに至る「焼酎縁」の最初のリングだった。
「リカーハウスながさき」のメールマガジン「ほろよい通信」の9月末から10月初めにかけての号に、長崎美知子さんの「本格焼酎の蔵元を尋ねて」シリーズが連載されている。鹿児島、宮崎の蔵元さんを回ってのレポートだが、そのハイライトは「国分酒造」での焼酎造り体験だ。地元のご婦人たちと一緒になって芋きりに励んだ様子、お茶の時間に珍しいものを戴いたお話・・・生き生きと書かれている。体験したことが新鮮で刺激に充ちていたのだろうし、人に優れて感受性の高い筆者の気持ちが正直に綴られている興味深いレポートだ。
その中に、こんな一節があった。
 
(・・・・・・さんが、私のために奥から「がね」という食べ物を出してきて下さった。これは、小麦粉にニラとかさつまいもとか人参を入れて油であげたもので、それぞれの家庭の味があるとのことである。
旅行者は絶対食べられない地元のおかず?だろう。こんど「本格焼酎の会」をする時作ってみようと思っている・・・・・・皆さんいろいろ御世話になり、本当にありがとうございました。)


その「がね」が、「本格焼酎を楽しむ会」のテーブルに並んでいる。広い和室にしつらえられた会場には、炭火が七輪に熾され、赤々と輝いている。黒ぢょかが12個、からからもある。燗つけ場に並ぶ一升瓶のラベルには、墨で書かれた「芋」の字姿が雄々しい。ここは国分の居酒屋かと勘違いしてしまいそうな風景が、信州の諏訪に出現したのだった。

この3時間ほど前、下諏訪駅に降り立った小生を、愛車J53で迎えに来て下さったのがMさん。
長身で精悍なイメージだが、笑顔の優しい好青年だ。「まず、諏訪大社に詣りましょう」
と案内して下さったのは、秋宮。
昔、バイクでツーリングの途中に寄ったことがあるけれど、その記憶さえもあやしいほどだ。

20年ほど前になるだろうか。当時と変わらない壮大な諏訪大社神楽殿を仰ぎ、本殿を拝してから諏訪湖畔ぞいの道を長崎酒店さんに向かった。

店内奥を窓にそって仕切った山椒魚亭は、諏訪湖がパノラマ観望できる特等席だった。
中では国分酒造の笹山さんが、お客さんに「これはサツマイモだけで造る焼酎で・・・・・・」と説明に奮闘していた。
お歳暮の時期で、店にはお客さんも詰めかけていてスタッフの方々も大忙しの状態。接客の合間に長崎美知子さんにご挨拶、しばらくして、社長の長崎政直氏が帰ってこられたのでご挨拶した。
山椒魚亭には、O先生がいらっしゃった。剣道と、夢想神伝流の居合いをなさるかたと聞いていたので、お会いするのが楽しみだったのだ。
「急な予定がはいって、夜の宴会には行けないのですよ。残念です」と仰ったが、時間ぎりぎりまで色々なお話を聞かせてくださった。
自顕流の抜刀などについての小生のたどたどしい説明にも真剣に耳を傾けていただいた。
「腰間の一剣に家族を託し、命がけの戦場ばたらきをしていた武士のことを思うと、居合いを使う時にも真剣な気持ちになりますね」穏やかにそう語られるO先生は、ただしく剣士の風貌でいらした。
(O先生は全日本歯科医師剣道連盟の副会長。なぜか焼酎縁には歯科医師の方が・・・ ^^; 右からO先生、金太郎さんご夫妻・・・)
ソニックさんが友人と山椒魚亭に姿を見せた。ちょうど一年ぶりの再会だ。いまや長崎酒店のシステムエンジニア&アドバイザー&修理担当として活躍している力強い青年^^;。昨年末の「からいもの里」での宴以来である。同行の友人氏は、「芋が最高」派で、なんとも頼もしい。芋新酒をごいごいと飲んでいた。

この夜の「本格焼酎を楽しむ会」の会場は、毒沢温泉の「神乃湯」大広間だった。午後七時、長崎政直社長の挨拶で宴は始まった。前夜から割水してあった「いも麹 芋」を黒ぢょかであたためて供する。七輪には炭がカンカンと熾き、つぎつぎと空になる黒ぢょかに新しい焼酎が注がれる。
湯気が立ち登り、かぐわしい芋の芳醇な薫りがたちこめる。伊藤さん、kimicoご夫妻やソニックさんたちと話していると、いつしか参加のお客さんが燗つけ場に座り込み、鹿児島から直送の薩摩揚げや「がね」を炭火で炙っては大皿にのせているではないか。別のお客さんがその皿をもって「焼き立てだよ〜」と配っている。信州のひとたちの豊かな人情味を感じてしまった。椋鳩十さんは、鹿児島の宝といっていい長野出身の作家だが、その人柄と作品の暖かさのルーツをみた思い。
この宿には「信玄の隠し湯」といわれる鉱泉が湧き出ている。鉄分のせいだろうか、真っ赤といっていい水色の豊かな湯だ。参加のお客さんたちは順番にその湯につかりに席をはずし、暖まって帰りはじめた。やがて宴が終わりに近づいたころ、ジープファンのMさんと、笹山さんと三人で湯にいくことにした。柔らかい湯質、ちょうどよい湯温。だらだら焼酎の話しに興じて浸かっていたら、戸の外から「みなさん、大丈夫ですか?」と心配そうな声。はっと気が付くと1時間半ほどたっていた。すっかり湯だって会場に戻ったら、長崎さんたちが「浮いているのではと、心配していたのですよ」と仰ったので恐縮してしまった。

山椒魚亭に帰り、笹山さん、長崎さんたちと飲みながら色々な事を話しているうちに午前2時をすぎた。窓の外には黒く諏訪湖がひろがり、ときおり眼下の道をヘッドライトが走り抜ける。静かな夜だった。

翌朝(というか、当日の朝^^;)7時起床。宿の朝食を笹山さんと一緒にとったが、食欲まことに旺盛。ご飯を二杯も腹におさめてしまった。昨夜の焼酎はまったく残っていない。ふ〜む、この秘剣、まだまだ若い者には負けぬのう・・・。だが、この油断が、このあとの清酒蔵見学で裏目にでるとは・・・(^-^;)





麹室で説明される雨宮杜氏と笹山氏

(上)「美千里」が垂れてきた

雨宮杜氏は勧め上手(^^;)
長崎さんのご手配で、笹山さんと一緒に、清酒蔵を見学させていただいた。
「舞姫酒造」と「麗人酒造」である。

「舞姫酒造」では、土橋社長じきじきのお迎えに恐縮した。杜氏の雨宮さんが蔵を丁寧に説明しながらご案内してくださった。洗米機、蒸米機と効率的に配置されている。麹室、酒母室とみせていただいた。仕込みタンクでゆっくりと呼吸している純米吟醸のもろみ。絞りまでの日にちは焼酎よりも長い。

「センサー付きの機械でコントロールが容易になりましたが、人間の手でなくてはできんことも多いのです。最後はやはり、人間、です」と諏訪杜氏の雨宮武治氏。

酒造りの職人に共通すると思うのだが、穏やかで豊かな表情のなかに厳しい眼差しを持つ方だった。
行程の最後は絞りである。YABUTAの絞り機の前に行ったら、二人の女子工員がせっせと作業している。酒粕をビニールの袋に詰めているのだった。「東武百貨店から見えているのですよ」と土橋社長。
東武のオリジナル銘柄、「美千里(みちのり)」の造りを体験に来ているのだった。

「麹から酒粕詰めまで、自分で経験したことが、売場でお客様に説明するときに生きるんです」と、船橋東武の日本酒担当、橋本さん。相方の岩城さんと楽しそうに話してくれた。

雨宮さんが「お、出てきた」と柄杓をとりあげた。
純米吟醸が絞られてほとばしりでてきたところだった。一合ははいるぐいのみになみなみと注いで「飲んでみてください」と差し出された。

う〜む、すばらしい薫りだ。
ひとくちいただく。ん?これまでの清酒のイメージが完全に崩壊するほどの清冽さ。うまーい。ごいごいと一合飲み干した。即座に杜氏さんが、さあ、さあ、おかわり、と柄杓に汲んで椀に(^^;)。
これもごいごいと戴いた。そうするうちに、「美千里」が絞られてでてきた。「さあ、さあ」とまた杜氏さんの柄杓が・・・。これもうま味のあるすばらしい酒だ。つい一気に飲み干した。


「さて、時間がないのよね〜」とだらだら試飲している小生たちを呆れてみていた長崎さんに促されて、社長と杜氏さんにお礼のご挨拶もそこそこに、おとなりの「麗人酒造」へと場所を移した。


蔵の中で

麗人ビールで乾杯。うまいビールだった
麗人酒造では小松社長がご案内してくださった。
「週休制でやっているもので、ね」と社長が仰る。
なるほど蔵のなかには人影がない。事務所の女性と、挨拶だけで姿がみえなくなった杜氏さんだけのようである。おやすみの日にご案内いただいて、またまた恐縮してしまった。


この蔵は粕取り焼酎も米焼酎も造るときいた。麹室や酒母室を拝見し、麹米をかじらせてもらった。
5割に精米された山田錦を剃刀で切って、拡大スコープで見せていただいたが、麹が米の中心近くまで破精こんでいるのがわかる。「麹が悲鳴をあげるたびに、香りがよくなるのです」と、社長。

そういえば、舞姫の杜氏さんも、麹はイジめなくてはならないのですと仰っていたが、逆境にあるほど成長するのは人間だけではないのだと納得した。であれば、職場でも、経済的にも逆境の連続と言っていい小生など、もっと成長していてもよいようなものだが・・・・・・(^-^;)

最後に、蒸留機を見せていただいた。2000リットルちかくはいるという常圧蒸留機である。
蒸留機を見たら、なんだか懐かしい気がした。
事務所脇の試飲コーナーで、粕取りの古酒を試飲させていただいた。粕取り独特のあの香りは消滅していて、なんとも穏やかなまろやかな味わいの酒になっていた。

【感謝】
長崎さんに諏訪大社の前まで送っていただいた。
駅に向かう笹山さんと、長崎さんとはここでお別れだ。大変お世話になりました。たのしい経験でした。
願わくば信州の飲んべえさんたちの、一つの選択肢として芋焼酎がこの地に根付いて欲しいものだ。そのナビゲーターとして、「リカーハウスながさき」さんの持つ意味は深く大きいと思った。
大社前の喫茶店でkimocoさんが待っていてくれた。駅に送っていただく途中、リゾート豪邸を拝見した。珈琲をご馳走になり、じろじろと邸内を観察して写真を撮った。なんだかスパイみたいだ。よくオヤジの好きそうな「田舎にすむ」とか「夢のリゾートライフ」とか「サライ」とか「自遊人」とかに出てくるような理想的なお宅だった。キッチンやダイニングには、黒ぢょかがよくにあいそうな^^;・・・・・・。
東京に向かう「特急あずさ」の広い車窓から夕焼けの空が輝いて見えた。
紅く染まったちぎれ雲に、遠近感がある。澄み切った大気が横溢した空だ。突然、富士山がその大気をおしわけるように前方にあらわれたが、しばらくするとかすかな夕闇にまぎれて、消えた。
新宿駅のホームの雑踏のなかで山手線に乗り換え池袋に出てうちに帰った。
素晴らしい旅だった。この縁を作っていただいた伊藤さん、kimicoご夫妻、長崎さん、笹山さん、ソニックさん、そしてお会いしたすべての皆様に感謝します。

【リカーハウスながさき】
〒393-0033 
長野県諏訪郡下諏訪町高木10616-66
TEL:0266-27-7440
FAX:0266-28-8439
営業時間:10:00〜20:00 定休日:月曜日
 HPは、こちらです
http://R20.root.or.jp/LNAGASAKI/? 

(写真)店内の本格焼酎コーナー

笹山氏と




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