7月14日(日)、台風の影響か、朝から風が強い一日だった。
夕方から信濃町の明治記念館で行われた「酒人好の会」に行ってきた。
去年初めて参加し、これが二回目。
テーブルに着席するというスタイルの会だから足腰の弱い小生のような年寄りにはまったくありがたい。料理もふんだんに用意されていた。
二時間にわたって様々な蔵元さんにお話しをうかがったり、試飲したり・・・。会費制だから、勘定の心配なく飲める。そうなると見境がつかなくなるという意地汚い悪癖を持つ小生、前回の(というかこれまでの)反省から、今回は終始「試飲」に徹することにした。
決して「試飲」が「飲酒」に変わり、さらに「ごいごい飲む」状況となり、やがて「記憶亡失」とともに終わるという、飲んべえの無限軌道・冥府魔道に突入することは無かった(・・・と思うのですが、鹿野さん、どーでしょ?)。
会場には鹿児島の芋・黒糖・麦・米、沖縄の泡盛、熊本の米・麦・コーン、宮崎の芋・麦など多くの酒とその蔵元さんが列線を作ってスタンバイ。
まさるやの園部社長のスピーチに続いて大海の山下さんが乾杯の音頭をとられ、午後五時半ちょうどに開宴となった。
150名の参加者が一斉に蔵元さんのブースへ、ということもなく、まず皆さんは数々の美味しそうな料理がのった大テーブルへと移動。皿に盛ったご馳走を自分の席に次々と運んでいる。
ふむ、この会の参加者はどうも筋金入りののんごろ(飲兵衛)のようだ。
まず食糧を確保し、それから蔵元ブースを各個撃破しようという魂胆だ。二時間を戦い抜かんとするこの酎到な姿勢には驚嘆した。
凄い、凄すぎる。


各テーブルにおいてある焼酎が、乾杯の酒。小生のテーブルには、「吉兆宝山」が。
その凄い飲兵衛の群れの中で戸惑っていると、「秘剣さんじゃないですか〜」と若いカップルから声を掛けられた。同じテーブルの方だ。
気を取り直して目をあげたら、お隣さんたちは先日の「南と北の杜氏さんと語る会」でお会いした方々だった。中嶋さんと吉田さん、兼松さんとそのご友人たち。みなさん明るく気さくな方ばかりだ。ほっとして小生も料理を取ってくることにした。
元来飲むときには少量(おつまみ程度)しか必要としない体質なのでこういう場では有り難い。小皿ふたつ分、食糧を自分の席に確保して、さて試飲をと会場を歩き始めた。

さっそく、朝日の喜禎さんのコーナーから戴いてみようと思って会場をみわたすと、延々とつづく蔵元さんコーナー・・・・・・。いつもの調子で飲んでしまうと、5軒先の小正さんあたりでひっくり返ってしまうのは確実だ。
喜禎氏(ご夫妻)が毎夜市場調査に挺身していることは聞いていた(^^;)。昨夜は市ヶ谷の嘉多蔵という店で残業(^^;)していたところ、わがひるね蔵酒亭の掲示板でおなじみの「杉並芋」さんが、同店のスタッフ水谷さんに紹介されてご挨拶されたとか。

「んにゃ、朝までのんしもたですよ」と、喜禎さん。

この人たち(ほとんどの造り手さんたち)の酒の強さには驚嘆するしかない。
そしてただ強いのではなく、魂まで「熱い」のだと、二次会の席であらためて知ったことも書いておきたい。


するどい目つきの喜禎氏とは対照的な優しい表情のご夫人。
その手が触れた酒は、おごそかな輝きを放っているようだ
(^^;)
二次会のその店では、寿福さんの正面に喜禎氏、その隣に大海の大牟禮さん、その正面に佐多商店の矢部さん・・・テーブルで交わされた話はここで再録する余地はないけれど、「焼酎の造り」や「生産農家とのこと」から「自然との共生」などまで、決して激しくはないが熱い炎が一瞬燃え上がるような瞬間すらあった。
そのとき閉店間際の11時。燃え上がった炎は三次会の「きばいやんせ」でさらに紅蓮の炎を上げたに違いない。造り手の元気がよい酒を産むのだろう。
どの人も、穏やかだけれど激しさを秘めた目をしていた。焼酎の魅力の在処はここにもある。


なんと「写るんです」で写真を撮られてしまった(^^;)
(ご婦人に失礼だけれど)とてもよか面魂をされておられる。小生より年長の寿福さん、若い。優しい。そして、強固なまでの背筋の伸びを感じる方である。

「あらー、こんにちは」と落ち着いた声音で呼びかけられて振り返ると、柴田書店の池本女史とライターの鹿野女史だった。さすが編集者とライターだ、手にはグラスのほかに焼酎のリストと筆記具を持ち、綿密なメモをとる用意をしている!
デカいグラスをしっかり持っているだけの小生とは違う。プロと飲兵衛の間には深い川があることを感じる。

気をとりなおし、おふたりのお供をしてブースを回っていたら、突然耳元で「ふっ、ふっ、ふ」と若い女性たちのハモる声が・・・・・・。
驚いて横目でみる。
なんと、そこには三つの陣笠が並んでいた。
いや、よくみるとそれは穴のあいたそらきゅうだった。


想像していたような、チェーンではなかった(^^;)
これはデジャブか?
そらきゅうの穴にはリングがくっついていて、そこに美しい紐が通してあった。目線がその紐をたどって上がってゆく。そのネックレスのてっぺん、焦点を結んで見えてきたのは三人の女性の顔だった。
う〜む、そらきゅう嬢子軍の降臨だ。

「これって、いいでしょ」と陣笠をかかげる彼女たち。
「おそろしい」と、小生。
「これで、たっぷりと原酒をいただいたんです」
「はあ、佐多さんに行ったんですってねえ」
「え〜っ、なんで知っているの?」
「あまりに強烈な話しだったので、ちょっとフィクションにしてひるね蔵にアップしたんですがね・・・」
「・・・・・・」

われわれのすぐ横で、当の蔵元さんが引きつった笑いを浮かべていたのは、きっとあの蔵での出来事がトラウマとしてよみがえったからに違いない。(大嘘^^;)

佐多商店のT部長が漫画家の大田垣晴子さんとライターの秦麻さんを紹介してくださった。

焼酎テーマの本を作るのだとか。

これまで色々焼酎関連の本は出版されているけれど、大田垣さんの狙いは?と聞いたら、
「(他の本とは)全然違う視点で書くつもりです」・・・彼女のホームページは本人のキャラそのままだ。おそらく、おっしゃるとおりの本になるでしょうね。
ワニブックスから出版されるこの本、ちょっと楽しみ。


どうみても、兄弟仁義の堅めの盃としかみえん・・・。
関東不二才会佐多組の代貸がみずから酒を注ぐの図。
わが故郷大隅の、神川酒造。
木部さんが持つのは、「瀞とろ」。黒麹仕込みの酒だ。


さて、二時間があっと言う間に過ぎてしまい、好例の抽選会に。
当選して貰った焼酎やグッズをみんな嬉しそうに抱えて会場を後にしていた。
お客を出口で送るまさるやさんご夫妻の表情もなんとなくほっとした感じだ。
このあと、蔵元さんたちへの慰労会が控えていて、まだまだ大変らしかった。
中嶋さん、吉田さん、代貸・・・
小生は、大田垣さんたちお二方や、同じテーブルのメンバー、そして懐かしいお顔の方々と二次会の話がまとまり、神宮前の鶏味座(とりみくら)へ。
小半時して蔵元さんたちもこの二次会に合流、賑やかな会となりました。

紅豆腐の後藤さんと大海の山下さんが若い人たちと屈託なくお話しされている。
本当に年の差など関係のない世界だ。
むこうのテーブルでは、穏やかで熱い寿福さんが、弟のような年齢の喜禎氏と談論風発、大牟禮さんがその横でにこやかに見守っている。
われわれ焼酎ファンにとっては、たまらない楽しい時間をご一緒させていただいた。

兼松さんとそのご友人さん、そして大海酒造の大牟禮さん

11時の閉店まで居座って解散した。殆どの方がそのまま三次会(近くの「きばいやんせ」)へと突入していったようですが、小生はこれでタイムアウト。
さきほどの熱い語らいを反芻しつつ、大海の大牟禮さんと色々話しながら、渋谷までご一緒し、ここでお別れした。
多くの蔵で、ことしは造りに入るのが早いと聞く。市場の活性を反映しているのだろう。
どの蔵でも、原酒が払底しているに違いない。高価な今の季節の芋を使用してでも造る必要があるのだろう。蔵にとっても、生産農家にとってもこれまで無かったことだ。
鹿児島と宮崎の、芋焼酎を造る蔵元さんたちには元気で、年末までつづく造りの季節を乗り切っていただきたいと思う。そして鹿児島奄美の黒糖、球磨の米、沖縄の泡盛、そのほか麦などの穀物・・・・・・すべての蔵元さんの奮闘と、産み出される素晴らしい酒に期待したい。

小生にとって、終始「試飲」からさほど逸脱しなかった、希に見る「焼酎の会」ではありました・・・と思うのですが、どうでしょ?>宮崎さん(^^;)
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■この日、試飲した焼酎です。

壱乃醸朝日(朝日酒造) コーン熟成酒(大石酒造)
晴耕雨読(佐多宗二商店) 武者返し(寿福酒造)
万夜の夢(田崎酒造) 吉兆宝山(西酒造)
瀞とろ(神川酒造) 天地水楽(小正醸造)
佐藤(佐藤酒造) 海からの贈りもの他(大海酒造)
龍宮(富田酒造) 瑞泉古酒(瑞泉酒造)



自家製の梅酒を振る舞っていただいた。園部ご夫妻。

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