「国産100%の意味と背景」
平成15年10月9日


鹿児島で芋焼酎の生産履歴の動きがあることを日経新聞が報じた。(10/8夕刊)この記事、「うちの芋焼酎国産100%」というタイトルの意味は結構深い。この背景をすこし考えてみた。
数年前、いくつかの蔵がそれぞれの個性を活かした「芋焼酎」を発表しそれをきっかけに大都市圏でファンが急増した。


(左)手を掛け汗を吹く作業。芋焼酎の美味しさが詰まってゆきます。
マスメディアやネットそれにIT時代ならではのコミュニケーションの広さと速さによって芋焼酎への熱気はブームというほどに燃焼した。

市場からのフィードバックを受けて研究も生産も増幅しその勢いは他の蔵にも伝播していった。
やがて原料芋の不足に悲鳴をあげるほどの需要過剰。2002年、焼酎の課税移出が清酒を上回った。利益商材としての旨味を大手酒類メーカーや商社が見逃すはずも無く、蔵の買収やアライアンスなど様々な形態で芋焼酎市場に県外大資本が参入してきた。大資本のマーケティングに対して差別化・競合優位を図るにはどうすべきか、鹿児島の(中小蔵を中心とする)焼酎メーカーは真剣に考えなくてはならなかった。

そのひとつの答えが日経の記事にある「県産ブランド」ということだろう。
生産地ならではの特性を打ち出し、芋焼酎の真骨頂である地場ならではの個性をアピールすることである。これは、地酒としての「芋焼酎」そして「蔵元」が、確かな軸足を見せた賢明な選択肢であると思う。
だが鹿児島の100を超える数の焼酎メーカーが足並みを揃えることはむつかしい、というより、ほとんど不可能だろう。
県内のメーカーとアライアンスした大企業のマーケティング戦略下ではことにそうである。産地独特の個性を活かしての造りだけでは全国のマーケットに供給する量を生産できない。したがって、未納税移出というシステムを駆使しなくてはならないし、また、量を確保するために、すでに中国の冷凍芋を使用している蔵もあり、また検討しているところも多いのではないか。

こういった動きが地場産業としての個性の喪失に繋がるのではとの危惧がある。個性を喪失した酒の行く末は、かっての地酒ブームが終焉したときに嫌と言うほど見ている。

芋焼酎はそうであってはならないしその個性的価値をまもりアピールすることが大資本との競合で勝利できる方法だ。壱岐焼酎や球磨焼酎の「原産地表示」の意味とは違う基準での県産「ブランド」の創出をはかりたいと言うわけである。
「県産ブランド」、全量県内生産の芋を使用するというのが基本条件とこれは鹿児島の焼酎関係者から聞いた。
「うちの芋焼酎国産100%」というタイトルの記事。
この記事の背景に、まずは手を結べる蔵だけででも、「薩摩焼酎」としての生産履歴を明示しよう、「県産ブランド」を造ってゆこう、そうでなくては何も始まらないという、生産者たちの果敢な挑戦の意志を感じたのである。

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