「饒舌なる虚空」
平成15年10月25日


東京フォーラムの中庭は昼休みを思い思いに過ごしているOLやサラリーマンでいっぱいだ。ヨーロッパの小粋な路地の屋台を思わせるファストフードの店(小型車改造の屋台)にはその人気度に応じて結構な列ができている。ベンチではランチとおしゃべりを楽しんでいる若いグループも多い。秋の空は都心とは思えないほど高く、青く澄んでいて、人々はさんざめく波のように地に蠢いている。

the sea。
この中庭の隣、ガラスの壁一枚をへだてたフォーラム一階には同じようにたくさんの人がいた。おびただしい数だが、ただ一人として言葉も音も発しない。虚無の饒舌が累々と展示されてある空間。
開催中の「人体の不思議展」を見た。
展示されている人体標本、というより、標本化された死体の数は160体という。
輪切りにされた男性の全身標本。筋肉を剥離された女性の標本。眼球を取り除かれてその背後の視神経が露になっている標本。横方向に開かれた男性標本は、脳から生殖器にいたる内部構造を挟むように分解標本となっている。
医学的あるいは医学啓蒙的には大変な価値のある展示会だと思う。人体標本という「実物」のもつ訴求力と説得力は圧倒的であった。だが、どこかに違和感を拭えない。会場やパンフレットの説明によると「プラストミック」という最新技術によって常温保存できる「本物」だという。「本物」という言い方にはやや不遜な印象を受ける。

この展示会は一円大王こと谷口さんのサイト「御神火」の日記で知った。その日の昼休みにさっそく歩いて会場に行き昼休みの全部の時間を費やして見たのだった。

ここからは資料をあたって調べてみたことを書く。
実はわが国で人体標本の展示が行われたのは1995年。「プラスティネーション」という実物の人体に含まれる水分を樹脂に置換える技法により保存された標本による展示会である。日本解剖学会の100周年記念企画だった。その翌年全国を巡回した「人体の不思議展」は多くの見学者を動員したがまた多くの批判をも受けた。

平成13年7月、人体標本展示企画展「人体」を開催した愛媛県総合科学博物館のレポートでは、こう言っている。「不必要に過度な演出と広報は展示の意味を感じにくい見せ物的な意味合いを帯び献体の精神を踏みにじる結果を招くのである.標本は献体者があって初めて存在する.博物館においても実物標本を展示するならば,まず博物館の職員自身が献体の精神を正しく理解しなくてはならない」

東京フォーラムでの展示会を主催するのは「日本アナトミー研究所」。研究所としてのサイトを持っていない。検索するとこの巡回展示だけがヒットする。後援には赤十字や医師会が名を連ねるが解剖学会の名はない。

チラシに観客インタビューが掲載されている。松村愛さん(24)によると「本物だと信じられないくらいクリアでなんかオシャレ」なのだそうな。チラシ制作者(主宰者)の心根がなんだか見えてしまうようだ。

前述の展示会とちがい、この会場にある160点の標本はすべて中国からのものだという。
愛媛県総合科学博物館の企画ではあえて展示しなかったという胎児標本まで着色されて並んでいた。

この献体者たちがどういう経緯で標本となり中国の闇の中からやってきたのか、そして東京フォーラムのハロゲン照明のなかに並ぶことになったのかの説明は無い。
このことも、冒頭に書いた「違和感」を形作っているのかもしれない。

それにしても医学的あるいは医学啓蒙的には大変な価値のある展示会であることは間違いない。
展示の中に「肝硬変の輪切り」があった。第六頚椎から指先にいたる神経系がはっきりとわかる標本もあった。これらをとりわけ注意深く見てきたのだった。

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