「滑りゆくブランド」
平成15年11月1日


娘たちはそのCMの時間になると(オンエアの時間をちゃんと知っている)それまで何をしていてもテレビの前に飛んでくる。
スポンサーや広告会社にとっては理想のCMとその視聴者かと思うとさにあらず、娘どもはその商品には100パーセント関心をもたない。何度見ても企業や商品に関しては完全無視である。

そのCMには人気タレント(ミュージシャン)GACKTが登場するのだ。
クライアントは富山の酒メーカー、立山酒造である。お察しのようにこのCMは商品訴求を目的としていない。もっぱら企業とブランド認知のための広告である。

では、なぜいま立山酒造はブランド広告に踏み切っているのか。
出荷シェア県内9割という地元依存の現状から脱して、広域マーケティング可能な環境を構築するという戦略だろうか。であれば、一気にエンドユーザーのブランド認知を高め、流通販促コストを大きく削減することで勘定はあうのかもしれない。

確かにGACKTのポスターの人気は大変で、掲出したとたんに盗られたり、入手希望の女性からの問い合わせに忙殺されるときいた。立山酒造のホームページでは篠原涼子と競演するCMを見ることも出来る。話題性の高いCMであり、新聞広告などは広告賞も受賞している。
たしかにブランド認知につながっているといっていい。だが、戦略的なターゲットを女性においたプロモーションがブランド構築戦略として有効たりうるのかどうか。

いま清酒の落ち込みには酷いものがある。
なぜ「日本酒が落ち込んでいるか」との問いに、「高くてまずいから」と答えたのは 立山酒造の社長岡本泰明氏自身である(読売新聞10/27朝刊)。
直截なこの言葉がまさしく真理であることを市場が証明している。

立山酒造のブランド広告に見る戦略は考え方としては正しいかもしれない。だがアウトプットのディティールをみると(顧客とのインターフェイスという意味で)かなり一方的なものになっている。

東京の巨大広告代理店が地方の企業をクライアントとしたときによくこういう「血の通わない」戦略を展開する。ホームページの出来はWebデザイナーの自己満足で終わっていてブラウジングする客の不便を一顧もしていない。したがってインタラクティブ性は皆無である。ネットのコミュニケーション、情報発信にもっとも必要な要素が欠如している。
なぜ日本酒が落ち込んでいるかとの問いに、もう一つ付け加えれば、「造り手の顔がみえず、声が聞こえない」からでもある。
さらにもうひとつ、「顧客の(市場の)本当の声を聞かない、声が届かない」からでもあるのではないか?まあ、このふたつは密接に関連しているものだけれど。

商品と顧客に対して、「利益」ばかりでなく「愛情」を 持てるマーケティングを実行しなくては結局目的を失するだろう。
いまブーム真っ盛りの「焼酎」のことをつい思ってしまう。押さえなくてはならない視点はまったく同様である。踏まえなくてはならぬ軸足も同じだと思う。「鹿児島の風土、文化」そのものを薄っぺらな「ブランド」にしてはいけない。肝要はなぜなすかである。そして「造り」そのものである。マーケティングはその次の次。ブームがブームであるかぎり、かならず終焉の時がくる。そこで残るもの、それが本質である。

きょうの手控え(ひとりごと)はつい仕事的な目つきで書いてしまった。
すみません(^^;)。 

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