奥武蔵てげてげ散歩(蔵屋敷から蔵元へ)
平成15年1月12日
西武鉄道で飯能へ
市内をうろつき、川で遊び、造り酒屋で話してきました



化粧のないほうがいい

その店はなんの変哲もない小間物屋だった。私鉄沿線の狭い県道沿いに、しょぼんと建っている活気のない店。よくある風景だ。
脇から見て驚いた。堂々たる蔵屋敷だ。蔵の前に「今風の店舗」を二階の居住区とともに建て増ししたのだろう。
こういう風景を、所沢でも見た。川越ではむしろ蔵屋敷の町並みを観光資源にしようとしているが、以前はこの写真のような化粧をした蔵屋敷も多かったのかもしれない。
なんとなく、地焼酎の昔ながらのラベルを今風の新しいものに替える動きを思い出してしまった・・・。

(右の写真)こりゃあ、何の蔵だったのだろう?
左側から、「第壱(いち)番」「第貳(に)番」と番号がふられ、「第九番」まである。傘に甚のロゴタイプが、堂々と振られている。おそらくは「カサジン」と呼ばれる木材問屋の蔵ででもあったのだろうか。飯能は昔は林業が盛んなところだった。ほとんど妄想にちかい推理をしながら、飯能の町並みを眺めてあるく。この蔵の両脇にもなにげに風情のある建物があった。


不思議発見、でもないか?


(左)飯能河原に向かって歩いていたら、酒屋発見。ガラスのウインドウと格子のガラス戸はいただけないが、風情のある建物。日除けと酒林が欲しいところだ。

   老夫婦の時間

飯能河原は久しぶりだった。
真冬というのに、ちょっと日差しがあったためか、バーベキューを楽しんでいるカップルや家族の姿もあった。
水面が日差しを反射してあたりをまばゆく包んでいる。その光りの中を老夫婦がゆっくりと歩いていた。(左の写真)


水音も弾けるようだ。
おや?こんなところに酒蔵が・・・(^^;)


飯能河原で、水辺から岸(左上の写真の高さ)に飛んで上がろうとして、立木にアタマをぶつけて、デカいコブができてしまった。イテ〜。年を考えないとこういうことになります。帽子を被っていて良かった(^^;)。

県道をどんどん歩いてゆくと、約30分くらいのところに藍染めに白抜き文字の日除けが・・・。正面のこもかぶりといい、酒林といい、これは日本酒の蔵に違いない(^^;)。

店に入り、陳列されている酒の数々をじろじろ見ていたら、ご亭主とおぼしき中年男性が登場。しきりに試飲を勧めてくださる。せっかくだからと雷光よりも早く瓶と盃に手を伸ばして、初絞りや吟醸、本醸造、純米などさまざまに味あわせていただいた。

(左)地酒「天覧山」を造る、五十嵐酒造です。


この純米酒「喜八郎」はお得な酒だそうな。鑑評会に出すような大吟醸を造るときに、酒母を取り分けして、掛け米でコストダウンを図るのだという。従って、「沢山は造れません。特約のお店に直接送っているだけです」と話される。

「だいいち、鑑評会むけの酒だけ造るわけじゃなし、生活の中で飲まれて喜ばれる酒がやっぱり一番です」そして、「3000円までの価格でどこまで素晴らしい酒を造れるか、これが努力の目標です」

この蔵では、製麹機など機械類も効率的に活用している。
「わたしは機械工学科の出身なので」機械を使うのは得意なのだとご亭主が笑った。
機械工学科のご出身ですか・・・いろいろな蔵元さんがいらっしゃるものだ。
試飲のしすぎでフラフラしていたら、近所のお客が見えた。40代とおぼしきそのお客が、一升瓶を一本買って勘定をすませ、なんとその場で開封し、「これも美味しいですよ」と小生に試飲をすすめるではないか。この蔵のレギュラー酒、「本醸造天覧山」だった。
見識のある蔵には見識のある客がいるということでしょうね。
本醸造の「初しぼり」を4合瓶で購入してお暇した。
また飯能駅まで歩き、西武線でうちに帰った。
それにしても、秩父のときといい、散歩の最後が造り酒屋になるのは、なぜ?



.....................おしまい。




(右)河原からあがったところにある蕎麦屋。いい風情だ。

(ダイヤメ日記より〜)15.1.12

「・・・一升3000円以内でどこまで美味しい酒を造れるかと」蔵元さんは「生活の酒」としての価格の限界点はそのくらいだろうとおっしゃる。鑑評会向けの大吟にばかり目を向けず、暮らしの酒を大事にしたいのですよと笑顔で話しておられた。「純米酒」と「本醸造」に対する考えもおのずからその考えが反映していた。この蔵元さんと椀方さんの会話を横で聞いてみたいとふと思った。ふらふらと蔵を出てまた歩いて飯能駅に向かった。内部消毒の焼酎と試飲した日本酒が効いてなかなかトロい気分。浩然の気はどうしたのだろうか・・・。

おとくな酒です。たしかに・・・








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