平成15年5月25日


毎年11月になると秋田から杜氏と蔵人がやってきて酒を仕込んでいた。
この杜氏は秋田に老妻を残して毎年この温暖な伊豆の地に酒造りにやってきていた。昭和33年から始めてもう45年になった。

すべてを過去形で書いている。
もうこの杜氏がこの蔵にくることはない。だれもこない。
小仕込みで丁寧な造りを続けてきた醸造場だったが、この7月(2003年7月)で消えることになったからだ。

私の手元に甲類焼酎の小瓶が一本ある。
「源氏」360mL。
ある方からいただいたものだ。

古びたラベルには「東洋醸造株式会社」とある。住所は静岡県田方郡大仁町三福632-1となっている。
調べてみた。
現在の旭化成大仁支社である。

東洋醸造はこの土地で酒を造り続けてきた。その歴史は前身の脇田酒造から130年を数える。日本酒「菊源氏」、合成酒「力正宗」、焼酎など幅ひろい製品を造る地酒の蔵だった。
1992年、経営難により旭化成に吸収合併となり、旭化成大仁支社と名を替えた。もともと地元では大きな企業だったが、その酒の造りはまことに丁寧で、これは旭化成になってからも変わらなかった。

地元の静岡新聞が発信している「しずおか蔵元ウオッチ」がこう紹介している。
「東洋醸造以来4代にわたって秋田杜氏の伝統を守り続けているのがこの蔵の特徴だ。現在の小室恵一さんは平成以降、10年間で7回、全国新酒鑑評会で金賞を受賞。 これだけの実績は全国約2000社の酒蔵の中でもわずか17社しかない。杜氏にとって全国の金賞とは技術の立証であり、職人としての誇り、励みでもある。ひとつの目標に向かって真摯に技術向上に努める造り手の姿は、企業規模の大小にかかわらず、酒のロマンをかりたててくれる。」


わたしの手元にくることになった焼酎「源氏」は、この蔵の清酒「菊源氏」とならぶ製品ラインにあった。旭化成は 東洋醸造から清酒「菊源氏」を継承したが同時に焼酎「源氏」も同社の甲類ラインナップの名前に残した。

..........源氏焼酎 どんなもん大 25度 2.7L 1,480円
..........源氏焼酎 どんなもん大 20度 2.7L 1,280円

しかし、昨年(2002年)9月、旭化成は、焼酎、低アルコール事業をアサヒビール株式会社へ譲渡した。アサヒビールの甲類焼酎ラインナップからは「源氏焼酎」の名前は消え、単なる甲類ペットボトルにふさわしい商品名となった。

..........どんなもん大 25度 4L ペットボトル2,904円
..........どんなもん大 20度 4L ペットボトル2,537円

ことしの4月、旭化成は7月末をめどに、清酒・合成清酒部門の子会社「富久娘」の株式やブランドの営業権などを合同酒精に売却し、酒類製造からの完全撤退を決定した。大仁工場は閉鎖するというから、伊豆の土地で秋田の杜氏、蔵人たちによって造られてきた酒とその歴史は実質的に終焉することになる。

ブランドを移譲される合同酒精はこういっている。
「合同酒精は、清酒事業におけるチャネルの拡充、スケールメリットを最大限に活用したトータルローコストオペレーションの深耕などを通じて事業ネットワークを拡大し、引いてはグループの酒類事業全体のビジネスチャンスが増大することとなります。」(舌を噛んでしまいそうな悪文、かなり出来の悪いマーケッターが書いたとしか思えない)

そして、伊豆の蔵については、
「ブランドは使わせてもらうが、大仁工場ではなく自前の工場で生産する予定。伊豆の地酒として売り出すかどうかは検討中」(羊頭狗肉とか撞着というのはこういうこと)

「酒」造りを「アルコール製造」業としか考えられない企業の発想だと呆れるばかりである。
「菊源氏」のブランドは伊豆の土地にあって始めて生きた光を帯びる。
前身である東洋醸造の先祖は南朝の武将新田義貞の甥、脇屋義治まで遡るという(大仁支社記念室資料による)。新田家は清和源氏からの流れ。 また、伊豆は源頼朝が源氏の旗上げをした由緒ある土地。その土地に根ざした銘柄故の誇りがこの酒とその名前には沈潜しているのだから。

たしかにこれまで手造りのいい酒を産みだしていた蔵だった。だが、大企業ならではの組織的弊害もあったようだ。製造とマーケティングセクションの間には大きなギャップがあったと現地の酒屋さんが語っている。杜氏の担当するのは原酒を搾るまでで、貯蔵や温度管理、流通への出し方などは杜撰なものだったとか。

仕込みタンクに櫂(かい)を入れながら、
「このお酒をあんたみたいな来てくれる酒屋さんに売ればなー」と言ってくれました。
「また秋に来てくれ」「はい」と言って別れた最後の言葉が今も耳に残っています。(「酒舗やまざき」山崎裕敏氏 )
ひとつの血脈が消えるということだろう。
企業の論理に地酒の文化を移譲したときから決まっていた道なのかも知れない。


鹿児島、宮崎をはじめとする焼酎の産地にも、凄まじいほどの焼酎ブームにのって県外の大資本が進出してきつつある。外資導入は一概に否定できるものではないけれど、外部資本を立派に利用し、踏み台にできるほどの軸足を確固と持ってこそアライアンスを考えることができると思うのだ。そんなことなどを「源氏からの物語」が教えてくれているような気がする。

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