バブルでは終わらない
目からウロコの論文を読んだ

平成15年6月25日


寸言の表題脇に書いてありますように、ひるね蔵の「焼酎」に関する態度は極めて情緒的であります。
ふだんシステムマインドやフレームワーク作りの必要な業務をしているわりにはこと「焼酎」のことになると呆けます。情緒的になり、扇情的になってしまう。
15年も前に出た「焼酎偏愛」という書物のタイトルに倣えば、焼酎変愛と言っていいかもしれません。(ちなみに同書はタイトルと違い硬質の社会性に貫かれた好著)

変愛と頑迷で固着した目のウロコが、それでもたまに剥落することがある。鮮度の高い情報や熱い志や冷静な議論や論文に当面したときなどです。

『焼酎ブームの検証〜バブルで終わらせないために〜「南九州・本格焼酎企業アンケート調査」』(日本政策投資銀行南九州支店)を執筆者の佐藤さんからお送りいただいた。夜のうちに一読再読して目からウロコがポロポロと落ちた。先入観が砕かれ、暗渠に一筋の光芒が射し込む。リサーチを踏まえたファクトをキチンと積み上げて、科学的態度で構築された論文。そしてその冷静の底に、論者の熱い思いが見えたりするからもうたまらない。静かな興奮を抑えつつ、論旨を追った。

なお、この論文は同支店のサイトにすでにアップされているので、ぜひご覧いただきたい。(URLは巻末)
結論部で、佐藤さんは概意次のように結んでおられる。

シグナリングによる「幻」化とそれに牽引される形で盛り上がった「ブーム」は生産地と市場(大都市)における情報の非対称性が次第に希薄になってゆくにつれて「定着」に移行してゆく。すでにシグナリングの時期は終わった。今後、農業に密接に関連するプロダクトである「焼酎」にはトレーサビリティ(原産地表示)が重要なファクターとして浮上してくるだろう。むしろ「焼酎」の商品価値を確固としたものにするために、このことに積極的に取り組む必要があるだろう。

佐藤さんの筆は滑らかだ。平成14年4月に発表の「焼酎と経済」の中で、

「本格焼酎は、工業よりも農業に近い部分があり、自然環境が品質に直結している。しかし、誘致工場並に生産性が高いのである。本格焼酎にとって自然環境は社会資本そのもので、自然資本と称することが適切であろう。」

と透徹した観点から書いておられる。
今回の論文はこの論をさらに前進させたかたちで、「ブーム」を情緒的、感情的に(つまり無意味に)あげつらうことなく、冷静に取り上げ、その実相に限りなく迫っている。
提言にはフィージビリティとリアリティがあり、その実証的姿勢の底には南九州の風土・文化の結晶としての「焼酎」への深い愛情が静かに輝いている。
なお、上記の「トレーサビリティ」は、たとえば、壱岐焼酎や球磨焼酎のような使われ方をする場合の「地理的表示」とは違う。むしろ「生産」のアカウンタビリティ(説明責任)というのに近いかもしれない。

鹿児島、宮崎の150の蔵元に無記名アンケートを実施し、回答44サンプルを得たと調査報告に書いてある。
課題への「解」はつねに現場にあるが個別には見えないその解の一片一片を分析し仮説を検証し全体を構成されている。リサーチのお手本にしたいような調査とデータ化。小生のようなあまりブレーンワークに得意でない(単にアタマが悪い)高血圧オヤジにも容易に理解できる「解」を導き出して見せていただいたような気がする。
焼酎ファンならずとも必読の論文です。

生産農家、原料由来、産地などを生産農家
の名前とともに書いてあるラベル。
(小正醸造の「天地水楽」)

※余計な感想
 150の蔵元に質問票を送ったとある。この数から考えると、鹿児島、宮崎のほとんど全部の蔵を対象にしたのだと思う。信頼感ある調査元からのアンケートに、44場、29%の蔵しか答えていないのが気になる。

※日本政策投資銀行南九州支店のWebサイトは http://www.dbj.go.jp/s_kyusyu/index.html

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