「ふたたびガンバレ、日本酒!」

平成16年3月13日


幕張メッセで開催中の「フーデックスジャパン2004」へ行ってきた。
昨年、このイベントを見た感想を、酒亭の「ひとりごと」に「がんばれ日本酒!」と題して書いたことがある。今年もまた、書く。



雨上がり行く手には虹(佐多宗二商店ホームページより)

ことしの「泡盛・本格焼酎」ブースは昨年より見やすい構成となっていた。
全体に若い造り手さんが多く動員されていてカウンターの中で試飲をすすめ、ベテランの蔵元さんたちはカウンターの外で説明にあたっていた。できうれば地方や蔵ごとに独立ブースでの対応がいいのだろうが資金的なこともあり焼酎全体の理解促進というレベルでまとめるしかないのだろう。

第八ゲートから会場にはいった途端に「焼酎楽園」の小林編集長から声をかけられた。「いやあ、ワインを飲みすぎちゃったよ」といつもながらの陽気な声。しばらく立ち話。

「このブームも、はやく収束してほしいねえ」
「御意」

もう帰るという編集長と別れてブースの中へ。すごい混雑である。焼酎の人気ぶりがそのまま反映している。
早々にブースを出て会場奥へと移動した。
同僚が運営を担当する「日本酒ブース」を見る。
昨年、ここで若い蔵元さんたちと話して知った新しい流れがどう進化したかを感じたかった。
清酒「巌」を造る群馬高岡の高井酒造の若い蔵元と話す。

「お客様(買い手飲み手)の気持ちを知らなくてはなりません」

とうとう課税移出量が清酒を抜いた焼酎を巡ることどもについてもよく研究されていた。
多くの蔵元さんたちと話したのだったが総じて足下をよく見て、今の次を考えている。
なにより元気だった。勢いが増していた。

日本酒の不調の原因はつきつめれば消費者が「日本酒をどう思っているか」について、造り手、流通という供給側が充分に思ってみなかったからではないのか。
さきほど書いた「若い蔵元さん」たちに感じたのはそれへの彼らの激しいまでの反省であった。ガンバレ!日本酒。

「薩摩酒造」の 独立ブースで鮫島常務と話す。
生産農家とのこと、行政面での変化のこと、県産原料芋を使用した「薩摩焼酎ブランド」のこと。鹿児島と焼酎を心の底から愛している氏の熱情をしたたかに感じさせて戴いた。

「消費者インサイト」という言葉を思い浮かべた。
消費者の気持ちを理解することがモノ作りや広告宣伝などに必須であるというコミュニケーション技術上のワーディングである。
お金を出して買ってくれる人が何を思い願っているのかを観察し想像し忖度することである。
かっての「日本酒」業界に欠けていたものであるかもしれない。
「焼酎」メーカー、酒販店、有志業務店がこの数年間に作り上げた、消費者にいたるコミュニケーションのカタチは焼酎への買い手の思いをよく伝えている。
しかしブーム狂奔といっていい現在、造り手や商社、業務店など業界全体においても誤った考え方でのプロモーションが散見されるようになった。
「売らんかな」との思惑で市場化する四合一万円の焼酎、昨年は完売したとかで今年もまたさらに大量に(7750本・・・銘柄名に語呂合わせしているのですかね?)売り出すのだという。これなどまさしくその好例であろう。
かっての日本酒が歩いた道をいま焼酎がトレースしているように思われてならない。

次の日の夕方、携帯に着信があった。佐多宗二商店の矢部氏だった。
てっきり一人かふたりで営業のために上京かと思っていたが、赤坂「まるしげ」にはなんと佐多商店の蔵人さんが全員揃っていらした(社長以外^^;)。
老朽化した蔵の解体建て直しの期間を利用して東京という市場を見ておきたい、自分たちが造る「晴耕雨読」や「不二才」や「刀」を、お金をだして買って飲んでくれる人たちのことを知りたい、そんな気持ちをこめての社員総出の研修旅行だった。
エンドユーザーを見る造り手の視点の大切さ。これが本当の「消費者インサイト」である。こうでなくては。
矢部さん、宮崎さん、右田副社長、新原女史、若き東工場長、昨年9月に蔵でお会いした蔵子の中村君は19歳、ひるねを見てますとおっしゃる入社したばかりの吉田さん、東京は30年ぶりというベテランのご婦人小磯さん(人間ラベラー^^;)、バイトの折尾くん・・・・・・みなさん生き生きと語りあっていらした。
かごんま弁120%の夜。つい長居してしまった。

夏が過ぎ、秋風が立ち始めるとまた造りが始まる。
この東京での経験がきっと今年仕込む酒に気持ちとして入るに違いない。
きばいやんせなあ、とつぶやいて皆さんと別れたのだった。
よか晩でした。



丁寧に芋の下ごしらえ。
うまい焼酎になれとの気持ちを込めて。(佐多宗二商店ホームページより)


本隊TOP ひるね蔵酒亭 手控え表紙