「焼酎<ブーム>に思うこと」
平成16年8月8日


二年前の南日本新聞が「ブームの光と影」という連載記事を書いた。
担当は政治経済部の小野記者であった。
このとき、取材に上京した小野記者といろいろ語った。
かれは、
「このままでは、焼酎がダメになるのではないだろうか」という危機感をもっていた。すでに「ブーム」という認識が強くあった。

勢いよく空に向かって伸びる。だが、春・夏の次には落葉の秋が来て、やがて
冬となる。欠けない月はない。終わらない「ブーム」はあった試しがない。
■ブームの光と影

その二年前にはまだまだ焼酎とくに乙類への市場の受容性は低くブームの片鱗は予感できたものの小野記者が感じたような危機感などは影も形もなかった。ちょうど2000年の7月に「ひるね蔵酒亭」をつくったのだが、この時は「本格焼酎応援団」のつもりだった。いまそれから4年、「応援」などおこがましいと怒られかねないブームである。 

■すこし数字で確認してみる。

日本の「酒類マーケット」はあきらかに減少傾向にある。
平成15年度の酒類課税出荷数量(国産酒類と輸入酒類の合計)は、全酒類合計が956万6398キロリットルで、前年度に比し3.6%減少し2年連続して前年を下回っている。その中でも、清酒は84万キロリットルで対前年6.2%減と大きく低減している。そして、そのなかで焼酎だけがはっきりと数字を伸ばしている。

焼酎は「甲乙」合算で98万キロリットル、12%増であり、「焼酎の移出が清酒を上回った」。
なかでも乙類は47万キロリットルで19%の大幅な増加を見せている。
その乙類焼酎の中でも芋焼酎が群を抜いている。今年1〜5月分累計の焼酎乙類課税移出数量を見ると、19万994KLで、前年同期の15万8480KLに比し20.5%の伸びである。
減少する酒類マーケットの中でこの激増である。
原料別には、米焼酎15.9%増、麦焼酎14.7%増そして、芋焼酎が34.3%増となっていて、この「ブーム」を牽引しているのが芋焼酎であることを物語っている。

■ブームをおしあげたもの


この焼酎、とくに乙類の急伸長には、生産側の(造りと販売双方での)努力、熱心な小売店・業務店による啓蒙など様々な努力があっての結果であった。また、マスメディアによる広報効果もうまくシナジーを発揮している。とりわけ、いまの「ブーム」の最大の原点は、造りの熱意、工夫そして理解してもらうべく努力を絶やさなかった生産者側のがんばりに発している。その熱意が市場をゆすぶり、消費者に伝導し、マスメディアを動かした。
メディアでいえば、とくにdancyuの三回にわたる焼酎特集。
2001年の7月号、そして2003年の6月号、そしてそれからわずか半年後の2004年1月号で「芋焼酎」特集が組まれた。
昨年の末、雑誌『dancyu』の編集部でコメントを書きながら「これ以上焼酎特集をやるのはもうブームを煽ることになるんじゃない?」と副編集長に話した。彼の答えは、「まだ本当に焼酎が理解されているとは思えないんだよね」だった。たしかに熱気を帯びるマーケットと、飲まれる現場の実情とのギャップは大きかった。焼酎が本当に理解されていないという彼の言葉はある意味正しかった。
だが、メディアの力が、焼酎の理解促進に作用するより早く、急激に市場の思惑のほうに作用してしまった。
『dancyu』が特集を組む回数が重なるたびに、酒屋、業務店という「現場」での騒ぎが大きくなっていった。


2003年6月号。すでに「芋」焼酎特集の予兆。
特に、二回目三回目には特集のあとしばらくは、いつも通っている居酒屋さん数軒に入店できないという仰天な夜もあった。「雑誌をかかえて、女の子たちが押し寄せてきた」と店主氏たちが語るサプライズ状況だった。しかし、まだこのような店主氏のいる店はましだった。焼酎をおいてあるだけの店にももちろん客は殺到したが、彼、彼女らがおいしく焼酎を飲めたかはわからない。

■「ブーム」はほんものなのだろうか?

さてその「ブーム」はほんものだろうか?
ほんものというのが何をさすかというと、色々な考えがあるだろうけれど、焼酎という嗜好品であり元来地酒である商品にとっては、移出量や金額ではかるというより、市場の受容性、個人の認識度、つまりエンドユーザーであるのんべえたちに本当に理解されているかどうかで計るべきだろう。
焼酎の何がどのように理解されればよしとするか。
まず嗜好品であるかぎり「おいしく飲む」ということが実現されなくては意味がない。
愛玩するだけとかコレクションの対象とか投機的な対象として位置付けられてはしかたがない。
その「おいしく飲む」ということが実はきちんとできていない。つまり焼酎への認識はじつはまだまだであるのである。

「焼酎」を美味しく飲んでもらいたいという造り手側の気持ちをエンドユーザーに伝えるのは、もちろん酒販店であり、業務店・料飲店である。エンドユーザーまで一貫したコミュニケーションが伝達されれば、かなりの部分で造り手の思いは伝わるはずである。メーカーさんがシーズンオフに県外の都市圏マーケットを回ってそういう意味での啓蒙を一生懸命にやっておられるが、残念ながら「ブーム」の波のほうがあまりに急速で追いつかない。
全国のコンビニでも焼酎がならぶようになった。
だが、こう言った店では焼酎をきちんと消費者に伝えることはむつかしい。
業務店でも言えることだが、本当に焼酎を好きなスタッフがいなくてはお客にただしくそして積極的に焼酎を理解しておいしくのんでもらうことはできない。

■長い時間をかけて支えてきたひとたち

よく焼酎を知り、愛していて、お客にきちんと説明できるそんな店もある。
こんな店は、造り手の気持ちをよく消費者に伝えて、焼酎をおいしく飲む飲ませる方法を知っている。蔵の軸足がぶれているのではないかと、逆に蔵の姿勢に対して心配する言葉もきかれることがある。こういう店のひとたちが実は本当の焼酎の応援団なのである。

阿佐ヶ谷に「かわ清」という小さな店がある。
駅前の商店街の小さな路地を歩いてゆくと古い白い提灯に黒々と焼酎と書いてある。引き戸をあけて店を覗くと、カウンターだけ7人もはいればいっぱいになる店だ。店主の小森さんはもうこの店を30年以上やっている。ご主人がなくなってからはひとりで焼酎ひとすじにやっている。笑顔でお客と話しながらお湯割りをつくるその燗付けはどんぴしゃりの飲み頃である。
焼酎のことをよく知っているからおいしい飲ませ方も知っている。常圧の白麹仕込み、そのお湯割りが女将個人の好みである。昭和55年に出版された「居酒屋」5号に女将の亡き旦那さんが座談会で焼酎のことを語っている。
その中に(概意)こんな言葉がある。
「焼酎、焼酎とマスコミが取り上げ話題になっているうちはいいけれど、そのうち、すっと引いたらどうなるか。(ブームに)まどわず、自分が扱う商品に愛情をもってあきなう、これが基本です」
こういう人たちが、鹿児島・宮崎の伝統であり、文化であり誇りである芋焼酎を長い時間をかけて伝えてきてくれたのである。(「かわ清」を舞台に書いた小文はこちら

ブームで雨後のタケノコのように焼酎を扱う店が増えた。
さきほど触れたようなすばらしい店とは逆に「心配な」店もすごくおおい。お湯割は恐くてたのめない。何も言わなくてもロックで出してくる店。値段が高く量が少ない店。店の前に有名銘柄の空瓶が飾ってあるけれど注文しても「切れています」という店。
けっこう知られた焼酎の店でありながら、変になってしまった店もある。焼酎をたのむと超薄いお湯割りがくる。いったいどのくらいの割合でお湯をいれたの?と聞くと、「それでは、ダブルになさいますか」という。代金は倍になるが、薄さはダブルでも7対3くらいである。焼酎を「ツーフィンガー」でと頼むなどばかばかしい限りである。
よく思うことだが、焼酎は実はむつかしい商品である。原材料の違い、麹・酵母菌の違い、作り方の違い、とり方や貯蔵による違いなど、様々な条件があり、またさまざまな飲み方がある。おいしく飲んでもらい美味しく飲むためには知っておいたほうがいい知識がある。
先に紹介した「かわ清」だけでなく、本当に焼酎を愛し、知り、提供する店、そういうお店もたしかにある。だが圧倒的にそうでない店が多い。

■酒販店の店頭から。業務店の店内から。

酒類販売免許の自由化によってどこででも焼酎を買えるようになった。
その店なりの強みをもたなくては競争力は相対的に低下してゆく。店の棚から焼酎が姿を消してしまったところもある。蔵元さんと直接の取引がある店も品薄ながら求める客は多いし、一般人のふりをした専門業者までやってくるから売り方には気を使う。地酒として提供していた酒が出荷規制とかで地元にすら回らなくなった。土地の人間が飲めない、祝儀に三本括りをもってゆけない、そんな事態も見られるようである。メーカーが足元を見ないことの危うさを感じる。

先日、鹿児島の地方TV局の放送で、宝納酒店の若松さんが、ブローカーへの対応に苦労しているとはなされていたが、まったく面倒なことではある。以前から焼酎を取り扱ってきた業務店だけでなく、客が望むのでとたくさんの業務店からの引き合いも急増しているがとても対応できない。酒屋さんがいまどのように酒を売っているのか現場をみると驚く。店にならべることができない。ならべても一本。買い手をたしかめて一本売り、つぎのを裏の倉庫から出してくる。客に販売したその先を追求するのはほとんど困難である。客も焼酎のおいしさよりラベルを求めてやってくる。オークションには愚劣にも扇動者が踊る。数万円の一升瓶だろうが、あるいはそのカラ瓶だろうが市場は吸い込んで行く。歪である。

わが家の近くにある南星屋酒店さんは量り売りのシステムを始めた。話題の焼酎オーソリティで量り売りのシステムはあるけれど、それとは全然ちがう狙いである。南星屋さんにある一升瓶のほとんどを開封して二合単位で自由に量り売りできる。人気銘柄などは二合限定として、できるかぎり多くのエンドユーザーに味わってほしいという狙いがある。神宮前の新川屋酒店でも入荷数が希少な銘柄は二合量り売りにしている。信頼できる業務店以外に流れないように気をつかっている。まったく、売りにくいのもブームの光と影の影だ。

■「焼酎ブーム」のあやうさ。

先に述べたように、ブームといっても本当にエンドユーザーに達して欲しいことがきちんと認識されていないように、産業全体が盛り上がってはいるが、その構造の危うさが気にかかる。

このままでは、消費者が焼酎に飽きるときはきっと来る。
なにがなんでも焼酎をという市場の狂奔が醒める時、流通主動で形成されたブームは去る。そのときに起こること。エンドユーザーの急速な離反。業務店の扱いへのモティベーションの低下。市場流通品の滞貨化。極端なインフレから、デフレへの構造変化。そして投資したものが利潤をうまなくなる、どころか負債としてのこる。負債は金やモノだけではなく、商品に対する信頼の喪失というカタチでも現れる。これが一番こわいことである。
商品への信頼喪失は企業への信頼の喪失である。そして産業全体への信頼喪失につながってゆく。三菱自動車の例をみるまでもなく、企業は信頼されて初めてその商品への顧客が存在する。生産者と顧客、この関係がきっちりと信頼というヒモで結びついていなくてはならない。

ブームの終わり。ブームがブームであるかぎり、かならず終わる。
仮にそのような状態が到来したときに、微動だにしないというのは言いすぎであるが、いささか経営戦略と戦術の変更で余裕を持って対応できるかどうか、それが大事なことだろうし、そしてそれには何が必要だろうか。

■基本に帰って企業としての「経営理念」を考える。

経営理念って何ですか?ときくと多くの経営者が手帳を取り出すと、東大の片平教授がいう。つまり手帳に書いてあるというわけだ。理念とは書いてあるものではなく、こころとアタマに刻み付けられているもののはず。理念というと難しくきこえるけれど、言ってみれば、「なんのためにこの仕事をやっているのか」という問いへの返事にひとしい。
会社の売上規模や設備の拡充のためではないし、従業員のためというのは副次的になる。産地の風土と文化を伝えるというのも派生的である。解はエンドユーザーの視点にある。

■消費者サイドのコアなひとびと。

この「ブーム」をよい面でささえているのが熱狂的なまでの「焼酎ファン」である。本当に焼酎が好きで友人達にもすすめ、消費の底を広げてくれているひとたちのことである。「焼酎エバンジェリスト(伝道師)」と呼ぶべき人々である。美味しくのむだけでなく、そのさらに向こうにまで興味と関心を強くもった人たちは、産地まで訪問し、蔵を見学し、見学だけでは満足できずに櫂棒を持ったり、なかには生産農家にまで行って芋掘りしたり、さらには麹用の米つくりまで参加してくる人々である。
こういう人たちが支えている限り焼酎への認識は少しづつでも広がってくると思う。彼女、彼らはかれらの世界をやはり同じように焼酎をただしく理解し愛情をもって扱う業務店のひとたちと構成している。さきほど述べた業務店でこういうコアなファンたちによる熱の高い飲み会が開かれているのに遭遇することも多いのである。
いま、こういうオピニオンリーダーたちの間では、蔵元のレギュラー酒への関心が強くなっている。市場の動きよりずっと早い。
ここには蔵それぞれのアイデンティティ、個性というものに彼、彼女達が反応していたのだとより強く思わせてくれる。

■「銘柄がふえました。味がかわりました。

数多い銘柄と、希薄化する個性。レギュラー酒まで味が変わったのではという人々がいる。
マーケティング的な思惑があって、とにかくたくさんの名柄が登場した。四年前には考えられないほどの数である。いま鹿児島県だけで蔵の数が100数余。銘柄は様々なPBを含めて1000銘柄ほどにもなるのではないか。プライベートブランドであろうが、それぞれの物語を持った個性ある酒が着実に増えてゆくなら問題はないが、多くの場合、数が増えればトレードオフの関係が働き、個性は薄くなるものである。じつはここに問題がある。
個性的なあじわいで注目されていたいつくかの銘柄が、「味がかわった」。ある熱心な飲料店の店主氏と話した。「以前とは違う言葉で勧めなくてはならなくなりました」という。
酒の味、というもっとも基本のものが動いては危ういと思う。たとえば、その蔵の味わい、その銘柄の味わいのなかでの味のブレであればいいが別物といっていいブレは危うい。

地酒の基本は個性である。トレンドに動かされてみな同じような味わいになったことで新潟の酒を主力とする地酒日本酒はみるみる市場を荒らし縮小のやむなしになっていった。
一部のプレミアム酒をめぐって市場が荒れて日本酒のファンが去っていった。
同じようなことが焼酎におこりつつあるのではという心配がある。

■つよいブランドの存在で。

銘柄は別の言葉でいえば「ブランド」である。
ブランドに大事なのは普遍性。変わらないこと。そして企業としてのブランドにも普遍性とそして先見性が求められる。先見性とは10年後、50年後の自社のあり方を考えていまを行動すること。この先見性を「柔軟性」といいかえてもいい。そしてもっとも大事なことが、さきほどの「理念」つまり何故なすかという問いへの答えである。これを「夢」といいかえてもいい。
もっとも「ブーム」に左右されないで欲しいのはメーカーであり、そのために必要なことは「ブランド」をしっかり守りそだてること。
いつもエンドユーザーの顔と声の聞こえるポジションを作っていること。
「顧客との結ぶ力」がブランドを支えるのだと思うのである。

■清酒は頑張っている。

ここ数年の「フーデックス(国際食品展)」を観察していて感じることだが、これは各地の酒造組合が主催する東京での試飲イベントに参加して思うことと同様である。
「私達が信じることのできる酒を、まじめに造ってゆくことだけです」「その結果はあとからついてくると信じています」というのは信州のある蔵元。
「マーケットを見てどうする、というより、造り手の気持ちを込めて個性を大事に造りを続けていきます」とは今年のフーデックスで話した群馬県のある蔵元。どっちも若い継承者だった。
まさしくいま焼酎「ブーム」のなかで、こころしなくてはならない言葉であると感じたのだった。


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