本格焼酎ひとりごと

「熱い国の人と酒」

(平成22年2月14日高知県土佐市での講演要旨)

龍馬は芋焼酎をのんだのか?ということですが……、
それは、飲んだでしょうね。

慶応元年(1865)には西郷どんと会っていますし、慶応二年にはおりょうさんと薩摩・霧島に旅行しているわけですから、薩摩藩士たちとの席ではこれはもう芋焼酎を飲んだと思います。
では、その芋焼酎はいつごろから造られる、飲まれるようになったのでしょう。

昨年夏に、ある雑誌社の編集部から電話をもらいました。
薬丸自顕流についての問合せでした。
いくつかの質問にお答えしました。しばらくして、その雑誌がおくられてきました。
その号は、島津義弘公という、わたしがもっとも尊敬する薩摩島津の武将の特集でした。

その中の記事をよんでいましたら、こういう一節がありました。

少ない軍勢で、大軍勢の敵軍と戦いを決する前夜、義弘公がこう言った。
「我に策あり。安心してこころのままに戦え。かための杯をあげよう!」
そして酒の大樽が運び込まれた。薩摩で酒と言えば芋焼酎のこと。主従の固めの酒ならぬ芋焼酎である。
そう書いてありました。
筆者はわたしの存じ上げない方でした。

しかし……、
そうではないんですね。固めの杯をかわしたとしてもそれは清酒か米か雑穀の焼酎かです。
この戦いは木崎原の戦いといい、1572年のできごとですので、まだ芋焼酎はかげもかたちもありません。

それでは、薩摩の人々がいつごろ芋焼酎をのむようになったのか?といいますと、ずっとあと、18世紀の始め、江戸時代中期のころです。暴れん坊将軍吉宗がテレビの中で毎週チャンバラをやっているあのころには、みながもう芋焼酎を飲んでいたと思われます。

1705年、宝永二年に南薩摩の漁師、利衛門さんが琉球から薩摩本土に薩摩芋を持ち帰ったのが最初だといわれています。
薩摩大隅の土地はシラス台地で痩せています。その土地と気候が薩摩芋の栽培には適していたわけです。食糧としても、そして当然米や雑穀にかわる焼酎の原料としても利用されるようになったわけです。

焼酎自体は、これはかなり以前から飲まれていたようです。
当地でつくられたものもあったでしょうし、渡来ものもあったと思います。
焼酎のすきなかたならご存知の方がいらっしゃると思いますが、日本ではじめて「焼酎」という言葉が文献に登場するのは永禄二年1559年のこと。
大口市の郡山八幡神社の社殿に隠されたいたずら書きにかいてありました。

その当時、社殿の改修工事をしていた大工二人が、
ここの座主、神主はケチで、工事中いちども焼酎をのましてくれなかった、というものでした。
その時代には、ごく日常的に焼酎がのまれていたことがわかります。

さて、この絵(TOPの絵)をごらんください。
焼酎の源流から下流まで、と題してごちゃごちゃな絵を描きました。

上の左側では米を洗うとか蒸すとかいうシーンがあります。
つまり麹を作る工程です。

右側は薩摩芋の畑や掘っている絵です。
つまり芋焼酎の原料を作り下ごしらえをする工程です。

いつぞやの汚染米事件のときに、
芋焼酎なのに、米をつかっていたのか!と怒る人もいたようです。ことほど左様に、焼酎の造りについてはあまり知られていない。知らされていないということを感じた事件でもありました。

米は麹をつくるために必要です。麹は麦やそして今では芋でも造りますが、基本は米麹です。そして水と酵母といっしょに仕込みます。絵で言うと、一次仕込みにあたる部分ですね。
水を加えて液体で発酵させるわけですが、アジアではほとんどが固体発酵で、その工程がちがいます。

わたしは日本の蒸留酒、すなわち焼酎は世界にほこる蒸留酒だと思います。その大きな理由は、伝来した蒸留技術が日本古来の清酒文化と出会うことによってきめの細かい造りの文化として発展してきたことであると思います。

絵の右側やや上の部分に、一次もろみに芋をかけるシーンを描きました。
さきほどおはなしした一次仕込みによって元気な酒母をそだて、そこに原料である芋をいれるという工程です。
元気の溢れる家庭からは強い優しい子供が育ちます。酒母は家庭、芋は子供にたとえると分かりやすいかもしれません。
焼酎の、この二段仕込みの造り方などは、清酒造りと基本は同じです。中国の白酒をはじめとする蒸留酒の作り方にはこういう緻密な工程はありません。

大陸からはさまざまな文化が日本に伝来しましたが、その大元に残っていない文化が日本で日本化されて長い時間脈々と継承されているというものは多くあります。蒸留酒の文化もまたそうだという気がします。

さて、焼酎の楽しさということ。
さっき麹の話をしました。
焼酎麹といえば、大分類して、白麹、黒麹、そして黄麹と三種類になります。
多いのは白麹そして黒麹。どちらも酸をだしますので、もろみが腐るのを防ぎます。黄麹は清酒をつくる麹です。したがって温度管理や、場合によっては酸をくわえてやるなどの手がかかります。

麹の酒類による味わいの違い、そしてもちろん原料による違い、さらに蒸留のシステムによる味わいへの影響など、焼酎は多様性に富んでいます。
その多様性が焼酎の魅力のひとつではないかと思います。

どの焼酎がいちばん?とよくきかれます。
どれもいちばん、とこたえるしかない質問です。
しかし、どんな飲み方がいい?ときかれると、
それはダイヤメですと答えます。

鹿児島では疲れるということをダレる、といいます。そのダレをやめる、という意味でダイヤメというのです。
つまり一日の労働の疲れをいっぱいの焼酎で癒す、晩酌です。心許せる友人や笑顔の家族たちとのむ酒、これがいちばん。日常の豊かな飲み方とおもいます。こういう人と酒のある時間をこれからもずっと大切にもちつづけたいなあと思います。
(本格焼酎で平成の交流/西森俊一酒店主催・中俣酒造、天世味酒販、ほか協賛)
高知での当日の模様は、
こちらをご覧ください。

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