本格焼酎ひとりごと

「一筋縄ではいかない"文化"」


「酒は文化」だとよく言う。
この"文化"なるものが、じつは一筋縄ではいかない。
人の生きるところに、つまり暮らしの中に文化はある。したがってエリアが違えば文化も違うのは当然だ。
日本の中にあってもそうだから、これが国が違えば仰天するほど違ってくる。

昨年冬、日本酒造組合中央会からの依頼で北京にでかけた。中国で初めて実施する「日本焼酎セミナー」のためである。
北京といえば白酒(バイチュウ)。二鍋頭(アルゴウトゥ)という60度ちかい安酒をビンからグビグビやる爺さんたちを思い出す。

セミナーの前日に、中国科学院傘下の企業の副総経理と会った。以前仕事で何度も一緒した男である。
「何しに来たんだ?」
「かくかく、しかじか」
久しぶりの挨拶話が一段落した時に、この幹部が「日本の焼酎は中国には受け入れられないな」と小さく言った。
「なぜだ?」
「日本の焼酎は、質が悪い」
聞き捨てならんことをほざくではないか。
「ないごて、そげんなこっをゆがなっとか?」
つい、薩摩弁になったのも、おわかりいただけるだろう(ホントは北京語^^;)。

問いただしてみたら、彼のただの思い込み、無知だった。だいいち飲んでもいなかった。
彼の行く高級スーパーはもとより、コンビニにも日本の焼酎が並び始めている。そんな店頭で日本の焼酎をみたのだそうな。
「度数が低い。どれも25度しかない。度数の低い質の悪い酒は、中国人は飲まない。ましてや贈答物(賄賂と同意)には使えないだろう」
たしかに、上に写真を載せた中国の安酒は賄賂用には使われない。だが、老北京人たちはこれを愛飲している。
仕方が無いので、彼に日本焼酎のそもそものあり方と、マーケットでの飲まれ方などを説明した。蒸留酒に対する考え方、その飲み方などがこちらの粗放な市場とは違うんだと強調したが、わかったかどうか。

翌日のセミナーは、こういうことがあったので、いささか心配ではあった。同時に酒に対する意識がかくまでに違う人々に、日本焼酎がどう受け取られるかを見るのが楽しみでもあった。

北京朝陽区にある五つ星ホテル、長福宮飯店の大ホールは500人近い人の波で埋まった。
一時間ほど日本の焼酎の歴史から現在のマーケット状況、そして飲み方などを話した。その間、熱心にメモを取りながら聞く人も多かった。
試飲タイムになったら我先にメーカーのブースに走り、お湯割り、水割り、ロックなどと様々な飲み方を試していた。飲む時はみな笑顔になる、というのは、国を問わないなと思った。

文化の伝播ということを思うとき、それには文化の"違い"を認識すること、認識させることが大事な事だとあらためて感じたのだった。
隣国ながら、中国と韓国は我が国とは正反対といっていいほど違う価値観をも持っている。それは普遍ではなく、時間と共に変化し変質してゆくものでもある。商売も政治も、耳障りの良い"友好"や"友愛"や"話し合い"だけで彼我の関係が成り立つものではないだろう。


(平成22年3月3日)

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