短編小説「フル・ムーン」
2002(c)hiken
Full Moon 2


1.
「一郎さあ、あん新聞の連載記事を見やいもしたか」
店先で、タバコを買いにきた片瀬にそう話しかけたのは、店主の是園だ。片瀬の高校時代の二年後輩で、酒屋を経営している。先代までは造りもやっていたが、いまは銘酒の専門店だ。とはいえ、村の酒屋だから文房具もあるし野菜もある。切手も売るし宅急便の取り次ぎでも結構忙しい。

「うん。みちょっど」
「どげん思やしたか?」
「まだ、わからん」

鹿児島県では「市内」といえば、なぜか鹿児島市内を指すのと同様に、新聞といえば南日本新聞のことだ。是園が言ったのは、数日前から朝刊に連載が始まったある記事のことだった。
「焼酎王国かごしま、ちゅうとはわかっどん、ブームの裏表ちゆうタイトルは何ぢゃろかい・・・」と、是園が呟いた。
鹿児島の芋焼酎が都会でブームになっていることはもちろん知っている。是園の店のウエッブサイトにも県外からのアクセスが増えた。注文に応じて発送することも多くなっている。県外資本が鹿児島の蔵に資本参加したり、提携する動きが活発なことなど、片瀬の例でも身近なものとして感じたばかりだ。
しかし、と是園は考えるのだ。「ブームがブームであるかぎり、かならず終わる。終わったあとの鹿児島の芋焼酎はどげんなっとか。死屍累々ちならんかればよかどん・・・」

「今朝の三回目は見たとな?」
是園がレジ脇にあった新聞を取り上げた。
「んにゃ、きょうはまだ見ちょらんがよ」
片瀬はタバコに火を点けた。

「こげなこちょ言ちょっわろがおっど。読んみもんでな。えっと・・・自分で納得のいく銘柄を見つけ、試して良ければ長く付き合えばいいこと。自らの頭で考え、心で感じ、舌で味わうことが大切ではないか。蔵の智恵と汗がにじんだ商品が、不良流通によって金の重さだけで量られている・・・・・・。不良流通ち誰いのこっぢゃろかい」
「わいのこっぢゃなかどね〜。そや確かぢゃっど」片瀬が片方の頬を緩めて笑った。
2.
鹿児島では珍しいのだが、是園は清酒地酒を扱っている。
こだわって集めた銘柄にはプレミアものなど一つもない。
「わいは頑固ぢゃっでなあ」と決して柔軟とはいえない片瀬が呆れて言うほどの是園が、自分の足で蔵を訪ね歩き、取り扱いはじめた酒ばかりだ。
三増酒などは無論のこと、本醸造も厳選したものしか置かない主義で店内のクールキャビネットには純米酒を中心に選び抜いたラインナップが誇らしげに輝いている。
「焼酎とちごて、温度管理がなあ。てせ(疲れる)ど、清酒は」とブツクサいうのが是園の口癖である。しかし、清酒は、となり町にある精密機器工場や大学からの客を中心によく売れている。県外からの赴任者たちなのだ。
「こいが、一年もすっと焼酎をこけくっごっ(買いに来るように)なっとですよ」と是園が笑って言ったことがある。清酒の扱いに見せる是園の頑固さは、店内に並ぶ(こちらは普通の棚においてある)焼酎でも同じ事だ。
主要な扱い銘柄は、以前片瀬が杜氏として働いていた蔵の焼酎だった。
だが、関西の大資本が参入して「都会向けに特化した」焼酎を造りはじめたときに、この蔵との取引を一切断ったのだった。もともと造り焼酎屋であった是園酒店は、焼酎製造免許を持っている。先代が造っていた銘柄を少量ではあるが、片瀬の以前の蔵で委託製造していたのだ。その焼酎もあとは是園の店にある数十ケースだけで終わりとなる。

片瀬が意に添わない焼酎の造りを拒否して蔵を辞めたとき、是園がこう言った。
「辞めやって、よかったですがね。こんどはあたいと一緒にやらんですか」
やらんですか、とは、焼酎の造りのことである。
先代まで続いた造りの火はかすかな熾き火となって是園の心の深いところに残っていた。そしてその火を灰のなかから掻き出し、ふたたび燃え上がらせることを是園は考えているのだった。

「是園は蔵を再興すっつもいやっかんしれん。ぢゃっどんなあ・・・こんご時世にどげなつもりでおっとか。ぜん(費用)もあばてんで(相当に)かかっぢゃろし」
と、その夜ダイヤメしながら片瀬は妻に言った。
片瀬が作って差し出したお湯割りをおいしそうに飲んでいた妻がすこし背をのばした。
「そいで、おまんさあは、どげん答えやったとな」
「・・・・・・」
片瀬はまだ返事をしていない。

つづく



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