短編小説「フル・ムーン」
2002(c)hiken
Full Moon 3


是園紀宏の決意の巻.

是園の店は、片瀬が働いていたS酒造の東側の隣村にある。
橋を渡って、そのさらに東隣には、昔の城下町があり、鎌倉時代初期に、島津が下向してくるより以前からこの地を支配していた豪族の城跡(島津との戦いによって、跡を留めていない)がある。
歴史と観光の町として、町役場は力を入れようとしているが、むしろ地形の広さや、水の良さなどもあって中央から精密企業の大メーカーが工場を進出させ、また新設の大学も開校するなど、鹿児島の市町村にはめずらしく活気と若さに溢れたエリアに変わっている。
その町の東の端はもう海だ。薩摩半島の吹上浜にはとてもかなわないが、それでもかなりの規模の砂丘が北東から南西にのびている。

ここで、是園のことについて少し見ておくことにしよう。
是園紀宏はことしで55才になる。昭和22年2月日生まれ。高校時代は片瀬の二年後輩だった。
現在、酒屋「是園商店」代表を努めている。45年前(昭和32年)の春3月に父親(当時46才)を亡くした。その年の造りから、片瀬が以前杜氏として勤務していた蔵(これも先代の社長時代)に、是園醸造のたった一つの銘柄「蒼天」を委託して造るようになったのだ。
造りの傍ら、販売業もやっていたが、こちらは母親が受け継ぎ(といっても、以前から店で働くのは母親だった)、是園は高校を出た年に、この酒店を継いだのである。
結婚して市内に嫁いだ長女と、鹿児島大学農学部に進んだ長男、まだ高校三年の次男がある。妻は片瀬の母側の縁戚にあたる。

是園は小学校低学年のころの、蔵の仕込み時期の風景をよく覚えている。立ち上る蒸気や勢いよく跳ね上がる二次もろみ、芋を切るおばさんたちの鮮やかな手つき。子供一人分ほどの重さがある米袋を、何体も蒸し機に運び上げ続ける父親の広い背中。お喋りなおばさんたちが、お茶うけを是園の手にのせてくれた (ユベシやガネのことが多かったが、たまに羊羹も貰った)お茶の時間のこと・・・・・・。
父親がなくなり、是園醸造場が造りを止めてから、その風景は是園のこころの奥にしまい込まれたのだった。

高校をでた片瀬がS酒造にはいり、蔵子から杜氏へと歩みはじめたころだろうか、是園はいつかは蔵を再興することを考え始めた。いや、考える、というより夢をみていた、というほうがいい。
生活雑貨と仕入れた焼酎を売って、母親との暮らしを保つのが精一杯の是園商店には、あらたに焼酎蔵を興す余力はなかった。しかも、いったい、だれが造るのか?
杜氏を頼んでいたのは大東亜戦争が始まるまでのことで、是園の父親が杜氏をつとめはじめたころには、すでに黒瀬からは誰も来ていなかったのだ。

蔵再興の「夢」が、「希望」となり、「プラン」になっていったのは、この5年くらいのことだ。地酒への取り組みと、隣町への中央からの企業進出などの波にのって、是園商店の営業成績は目を見張るほどのものになっていた。
街道に面した是園商店の、その裏手にはかっての蔵の跡(といっていい)がある。そこはすっかり倉庫になってしまっている。麹室には古びたモロ蓋が積み上げられ、地中に埋められた仕込み瓶は近所の子供たちの絶好の隠れんぼの場所になっていた。まあ、外で遊ぶことが少なくなってきたせいか、このごろでは子供たちの姿も見えなくなっていたが。
暗い倉庫をみるたびに、是園は広漠たる暗い気分になっていた。しかし、いまではその暗渠に一筋の光芒が射してきたような気がするのだ。

つづく



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