短編小説「フル・ムーン」
2002(c)hiken
Full Moon 4


蒼天の満月の巻.

「焼酎が、たりんど」突然誰かが大きな声で叫んだ。
いますぐに、と女将の声が遠くで応えてまた店の中が静かになった。

鹿児島市内、天文館の西のはずれ。南国とは思えない寒い夜である。
公園近くの居酒屋の、小部屋というより、こあがりを仕切って作ったような入れ込みに是園は座っている。
是園の前には書類が散らばり、販促用コップとポットのセットは是園の膝の脇においてあった。

「わかったど」
片瀬がつぶやくように言った。
「ぜん(資金)のこっも、心配がなかち分かったどん、ぢゃっどん・・・」
言葉を飲み込んだ片瀬を是園がいぶかしげに見た。

「ぢゃっどん、ないな?」
「・・・・・・」
「あたや今がブームぢゃっで焼酎を造ろうち言うちょっとぢゃなかど。一郎さあ」
「そいも分かった」
「今朝ん新聞の記事をみっせえ、びっくいしたたっどん・・・」

南日本新聞の例の焼酎記事の連載のことを是園は言った。
それは、県外の資本が鹿児島の蔵と提携して焼酎を全国にアピールしようとしている、といった内容だった。マーケティング能力のない鹿児島の焼酎屋に代わって、大メーカーや大商社が全国に販路を確保するという。

「あんし(あの衆)たちゃ、自分たちの売れる商材としてしか焼酎のことを語っちょらんち、おももしたど」
「ん、そいじゃが」

片瀬がそのことを苦々しくおもっていることは是園にはわかっていた。
「鹿児島の蔵が、大資本を利用して将来への足場を固める、ちゅうとならよかたっどん・・・」
事業規模の小さな蔵は、県外大手資本マーケティングの敵ではない。気持ちとは逆に利用されるだけではないかとの思いが是園には強いのだ。
清酒のブームでもそうだったし、この前のナタデココのブームが終わったあと、産地の荒廃は目を覆うばかりと聞く。

「大資本は全国市場に受ける焼酎ばっかい造らすっし、かごんまの蔵も儲かっで、そげなとをどんどん造る。そげな事じゃいかんと、このごろ特に思うようになりもした」
「うん」
「造っている人の、顔が背中が汗が気持ちが、そいから、飲むひとへの願いが伝わるような、そげな焼酎造りをしたかと。あたいは」

そう言ったとき、是園には亡くなった父親の明るい笑い声が響いたような気がした。
入れ込みの窓から見上げると、城山の稜線が薄く浮かんでいる。
夜空には満月が輝いていた。

「これぞん(是園)、おいは何をすればよかとよ」
片瀬は「がんこ是園」の頑固さに賭ける気になっている。コップをとり、お湯を半分いれてから、焼酎をゆっくりと注いだ。片瀬の流儀ではない、5割のお湯割りだ。

「ま、のまんね」
「あいがとございもす。一郎さあも・・・」
「おいは、自分ですっで、よかど」

いつものように、お湯7に、焼酎3の割合でお湯割りを作ってコップを目の高さに差し上げた。

「ま、よか。わい(お前)の子供んのし(衆)が二人とも賛成しちょっち聞いたら、おい(俺)もわいと一緒き、おんじょ同士で気張らんならち思ったど」
「一郎さあ、そいはあいがとなあ。わがえん子供んのしも、卒業したら造りにかたっくるっち(参加してくれると)言うちょっで、あたや(私は)嬉しかとを」
「そいで」
と、片瀬が切り出した。

「どげな蔵にすっか、どげな風にわいは考えちょっとね」
「みっ(見て)くいやんせ」

是園は壁ぎわに置いたカバンを引き寄せた。書類綴りをだす。
片瀬が書類を受け取って言った。

「まっこち、これぞんは気がはやか。も、こげなこっまで計画しちょっと」

是園が差し出した書類には、これからの計画が網羅されていた。
蔵の場所、造りのスタイル、造る焼酎の企画、流通への考え方など・・・・・・。今は倉庫と化した蔵跡に残った何十個ものカメ壺の修復や移設の見積もりもあった。「がんこ」な是園は「綿密」で「大胆」な男だった。

片瀬は書類をじっくりと読みながら、薄目の焼酎をゆっくりと飲んだ。
その焼酎は、かって是園醸造で造られ、先の仕込みまでは片瀬が造って納めていた「蒼天」である。

つづく



「酒亭」入り口に帰る
「ひるね蔵」ホームへ帰る 掲示板に行く