短編小説「フル・ムーン」
2002(c)hiken
Full Moon 5


蔵元と杜氏の巻

1.
「今朝はカラー写真になっちょらよ〜」
店先に配達された新聞を開いて、是園が言った。例の焼酎記事はこの朝(2月2日)で9回目になっている。
写真は笠沙の杜氏の里の木桶蒸留機だった。
勿論現用機だ。黄麹で造る「一どん」を産み出す蒸留機である。

「こいがほしかたっどん・・・」
ぼそっと呟いた是園は、ゆうべ天文館で片瀬が言った言葉を思い出した。
麹室を作って、手造りにこだわりたい、できることならば蒸留機は木桶で作りたいというのが是園の夢なのだ。

2.
ぢゃっどんな〜、と片瀬が言った。
「木桶を作いがなっ人は、も、おらんよ」

以前に片瀬が杜氏をつとめていたS酒造でも、耐用年数が近くなり、木桶を作る職人と相談しようとしたのだが、その職人が体調を崩して入院したため、打ち合わせそのものが延期になっていたのだ。後継者もいないという。

「鹿児島の職人がやっせん(ダメ)なら、東北でん、関東でん、木桶を作れる人を探しもそ」
がんこ是園の面目躍如だ。
「味噌、醤油の醸造蔵では大きな木桶を今でも新造しているち聞きもしたど。一郎さあ、こいも調べてみもそ」
「うん・・・」
片瀬はなんとなく嬉しい気持ちになって、熱弁する是園の顔を見て言った。
「おいも、調べっ見っが」

3.
「あたや、蔵を再興すっち決めたときに、ないのタメに焼酎を造っとかち、考んげもした。」
是園が独り言のようにいった。
「こん田舎で、かごんまで、焼酎造りは500年続いてきたたっでなあ。こいは歴史ぢゃっど。文化ぢゃっどな。造りの人達のいのちが、ひとつひとつ積み重なって出来たもんごわんそ。あたいげえ(私の家)でいえば、そん一番最後に、とーちゃんがおったたっどん・・・」

父親が黙々と蔵のなかではたらき、大地から絞り出すように焼酎を産み出していたことを、是園は思い出す。その風景が、時間と記憶の彼方から鮮明に甦ってくる。その情景は是園の心に奔流のように勢いよく流れ込み、次第にその量を増し、膨張し、蓄熱し、やがて輝くような光の噴騰となって天を衝くだろう。抑えがたい迄の思いを是園は片瀬に語ったのだった。

「ひとこっ(一言)でゆえば、造りたか焼酎を造っと。売れる焼酎ぢゃなかてんよか。自分の焼酎を造ってみたかとを。一郎さあの造りたか焼酎とあたいが思っている焼酎は、たぶん一緒ごわんそ」
「ぢゃろなあ。蔵元と杜氏がバラバラになっしもたらやっせんが」
片瀬が苦笑いしたのを見て、是園は片瀬が何を考えたかがわかった。
「あげな風になったら、杜氏は可哀想ぢゃっどなあ」

4.
つい先日、片瀬と是園は、親しくしている黒瀬の杜氏たちと飲んだ。話題は1月に行われた焼酎鑑評会のことなどだった。

鹿児島は(熊本、宮崎、大分同様に)熊本国税局の管轄下にある。したがって、酒税も免許も鑑定企画もすべてのことが最終的には熊本市二の丸の熊本国税局で決定される。
鑑評会にはこの熊本国税局から鑑定室長が鹿児島入りして「鑑定」にあたるのだ。もちろん県工業技術センターや県物産加工センター、それに県技術開発研究所からも数名が出る。ビール瓶に詰められた焼酎は附番されて鑑定されるのだ。今年は100場が参加し、そのうちサツマイモを原料とする作品は80場から合計158点が出品された。審査基準は、原料の特徴、風味、味とかおりのバランス・・・・・・。

「 そいでなあ、鑑定室長どんが言うちょいやったどん・・・」
と、黒瀬では若手の杜氏が言った。
今年は、例年になく甘藷のできが良く、甘さ、まろやかさがでている焼酎が多かったらしい。

「ぢゃっどん、原料がよくても、手をかけすぎてる物が数件あったち。まあ、この頃の都会向けの焼酎んことをゆーちょいやっとぢゃろなあ」

この杜氏が造る焼酎は、濾過をほとんどしない。フーゼル油を丁寧に掬うだけで極めて濃醇ないも焼酎にしあげる。鹿児島県内だけを主なマーケットとしているが、ちかごろでは淡麗に飽きた都会のユーザーたちに注目されているらしい。
「都会向けとか、女性向けとか、そげなふうにばっかい考んげちょっと、自分の焼酎ができんごっなっど」
「そげんゆえば、あそこん杜氏はぐらしかど(可哀想だ)なあ」
かなり年輩の杜氏が言った。

あそことは、財閥系の大商社と提携して多品種展開し、、イケイケ調子で中央に売り出しをかけている蔵のことだった。
「杜氏は自分の酒を造るのが一番うれしかと。蔵元が杜氏をいじいたくっと(翻弄すると)よか事ちゃなかど」
「ぢゃっどん、俺いたっ黒瀬の杜氏も、もへ何人になったどかい。とじんなか(寂しい)こっぢゃっどねえ」
長老といわれる杜氏がぼそりとつぶやいた。

「んにゃ、まだまだ気張ってもらわんとなあ」
片瀬は老杜氏に黒ぢょかを差し出してそう言った。

5.
「蔵元と杜氏」の関係・・・・・・時代が変わればこの関係も変わる。だが、それを仕方がないとばかりは言えまい、片瀬はそう思う。
誇り高い独自性をもった職能集団としての黒瀬杜氏は、マーケティングに秀でた蔵元とはもともと住む世界が違うのだ。その杜氏たちも、加速する時代の流れの中で、やがて時の溶暗に消えて往く運命だ。それは伝統と文化のひとつの終焉を意味することにほかならない。
「是園とオイ・・・か。蔵元と杜氏ぢゃらいよ。ぢゃっどん、是園の子供んのしを杜氏に育てるのも、オイの仕事っちゅこっぢゃっどな」
むっかしこっ(困難なこと)だが、心の奥底から静かな闘志が湧いてくるのを、片瀬はハッキリと感じていた。

この稿、終わり

【第一回】蔵を辞すの巻
【第四回】蒼天の満月の巻
【第二回】がんこ是園の巻
【第五回】蔵元と杜氏の巻
【第三回】是園紀宏の決意の巻



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