good bye
消えてゆく酒たち

右から「西乃園」(西園酒造)、「華の友」(笠毛醸造)、「都の露」(宇都野酒造)、「結夢庵」(芋・新屋酒造)、「角玉」(佐多宗二商店)、「真鶴」(万膳酒造場)


上の写真の焼酎は、いずれも製造は終わっているものばかりだ。だが、委託製造から自社製造へとかわる「真鶴」と、ストック分の終了と同時に、その務めを終える「角玉」は、次の時代につなげて消えて行く光芒といえるのだが、他は違う。新屋酒造の「結夢庵」は、同社が雲海酒造に吸収合併された時に消滅した銘柄だ。芋焼酎であるが、米麹、麦麹を使用し、麦焼酎をブレンドした精緻な造りの酒だった。「都の露」「華の友」「西乃園」の三銘柄は、すでにそれを造った蔵自体が消滅している。
土地とともにあり、人の暮らしとともに生き、時間とともに輝いてきたこれらの酒たち。ラベルを失うかなしみには、とりわけ、失う必要すらなかった銘柄にたいしての愛惜にはいいようがないほどのはかなさを感じてしまうのだ。
妙なたとえで恐縮だけれど、かって数十年も前になるが、戦史を講義していただいた教授が、こんな質問をわれわれ学生に問うたことがある。
「戦争の終結とは、どのような状況だと考えるか?」
学生たちの答えはさまざまだったが、どれにも正解であるとの言葉は貰えなかった。教授はこう言った。
「戦争が終わるということを、戦力の彼我の差の極大化などに求めてはならない」教授がキッパリと言ったのは、「継戦の意志を喪失した時」に戦いは終わるということだった。
製造を継続できなくなる事情には、言葉に尽くせないほどのものがあるのだろうと思う。造りを他の蔵に委託してはいても、いつかは自分でとのひそかな決意をもっておられる蔵もある。蔵自体を失っていてもいつかは再興をと心に決めている人もいる。そのような堅い心に、未来にむけて燃やし続ける灯が静かに煌めいているかぎり、まだまだその方々の戦いは終わっていないのだと思う。
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