平成22年(2010)Report

中俣合名会社
中俣合名会社  鹿児島県指宿市西方4670 TEL 0993-27-9181
ウエッブサイトは、http://www5.ocn.ne.jp/~nakamata/

「桐野」という芋焼酎があるそうですが、どうすれば手に入りますかね?

そうメールをくださったのは、桐野作人さん。鹿児島県出水市出身の歴史作家である。
『島津義久〜九州全土を席巻した智将』『だれが信長を殺したのか』(いずれもPHP研究所刊)などの著作や、南日本新聞に好評連載中の『さつま人国誌』でおなじみの方だ。数年前、薬丸自顕流の関係で知遇を得たのだった。

「桐野」は指宿の中俣さんで造られる酒。この蔵を応援する志布志の天世味酒販の前畑社長の企画になる芋焼酎である。

ご自分の姓と同じ、しかも幕末の風雲児桐野利秋(中村半次郎)に由来する銘柄である。桐野作人さんが興味をもたれたのも当然だろう。

さっそく前畑さんに連絡を取った。

「さつま人国誌は欠かさず読んでおいもんど。早速手配しもそ」と前畑さん。

桐野の縁が広がり始めた。
それから二年、映画『半次郎』を企画制作、主演した俳優の榎木孝明さんとの縁もまたこの酒をメディアとして広がってゆく。

薬丸家、そして薬丸自顕流顕彰会が平成21年10月31日に挙行した「薬丸自顕流祖霊祭」、島津御当主初め多くの来賓の列席をいただいたこの会場に、前畑さんがお見えくださった。そして神前には、いまや薬丸自顕流の縁となった焼酎、「私領五番隊」「侍士の門」そして「桐野」が奉献されたのだった。

桐野は薬丸自顕流の達人であり、特に「抜き」の名手であったと伝える。

「桐野の蔵に行ってみたかもんごわんが」と小生。
「そしたぎいな、用事もあいもんで、一緒き行きもそか」と前畑さん。

城山の麓、西郷どんの銅像の下で待ち合わせた。
迎えにきてくださった車の助手席には、妙齢の麗人。前畑さんの娘さんかとおもったが、違った。「華奴」「侍士の門」を造る太久保酒造の娘さん、E嬢だった。天世味酒販の仕事での指宿出張に便乗させていただく形になった。

車中、さまざまな話題で時間は須臾にして過ぎた。
長粒米の試験栽培、その法人化の構想などを伺う。これまで芋焼酎用の麹米にはタイ産の長粒米などが使用されてきた。今は様々な国産米を使用する酒も増えているが、麹米としてインディカ米が酒質に与える影響は確かに大きい。同質の長粒米を国産で確保して造り手の要請に応えると共に、農業再生につなげたいという熱い気持ちが伝わってくる。


写真:社屋そして代表銘柄の「なかまた」(これは28度の商品)

中俣合名は、指宿温泉郷の入り口、指宿市西方の街道沿いに位置している。蔵の表(街道側)は試飲や購買ができるショップになっていて、その裏側(海側)が製造エリアである。ショップの隣は黒い板戸で閉め切られた建物になっていて、「桐野蔵」の看板が掛かっている。あとで見学させていただいたのだが、ここが芋焼酎「桐野」の貯蔵蔵だった。

まずショップに入る。

店内では一組のカップルが、蔵の代表銘柄である「なかまた」と「桐野」を交互に試飲しながら女性従業員と話をしていた。

街道沿いということもあって、お客が絶えないんですよ」と、大山社長が嬉しさ半分におっしゃる。

残り半分は?と小生の顔に書いてあったのだろう、人手がたりなくてねえ、この娘たちにも苦労をかけていますと笑顔で話してくれた。

ああ、この蔵の焼酎の味わいはこの社長の情と明るさを映しているんだなあと感じたのだった。

写真:中俣合名 代表 大山隆樹氏

杜氏について書いておかなくてはならない。

この蔵の杜氏は、黒瀬の長老、名匠黒瀬勉である。

鹿児島市清水町の河内源一郎商店近くにあった百万石酒造に蔵子として入ったのは17才の時だった。30才で加世田の宇都酒造に杜氏として迎えられ、その後、西酒造、指宿酒造、薩摩酒造、四元酒造などで造りを担当し、平成15年、故郷黒瀬にほど近い指宿の中俣酒造で杜氏として造りと指導にあたった。

中俣酒造は長年造りを停止していたがこの年に大山社長の熱意で再興を果たしたのだった。
以来6回の造りという短い期間に若い蔵人を育てあげた。
杜氏が最後に手がけたのが、「桐野」だった。

神の手をもつと評された黒瀬勉杜氏は、平成21年2月26日、76歳で亡くなられた。
いま、中俣合名で造りを担当するのは岩本義人そして財部興一の若い二人である。
蔵の再興以来、杜氏に仕込まれた岩本氏の造りは黒瀬直伝の味わいを産んでいる。


写真:(左)白麹の一次もろみ (右)黒麹仕込み桐野の二次もろみ

岩本氏の説明をいただきながら、蔵の中を拝見した。
床に埋め込まれた和甕は合計48個。
酒母用と貯蔵用だ。

二次もろみのタンクが和甕の列を見おろすように立っている。
白麹仕込みの「桐野」のもろみの横で黒麹仕込み特有の渋い黒色のもろみが泡立っていた。
芋を掛けて二日目ほどだろうか。

「黒麹仕込みの桐野です」と岩本氏。
黒麹菌を使っての「桐野」、初めての造りだそうな。

白麹仕込みの桐野に増して、コクと切れ味の良い焼酎ができるにちがいない。
桐野利秋は薬丸自顕流の名手だ、切れ味というより「斬れ味」と言った方がいいかもしれない。

タンクの上から蔵の中を見渡す。
前畑さんとE嬢が酒母の甕を慈しむように見て話していた。

蒸留器の窓から蒸気の噴出ノズルを見た。メインのノズルがやや斜めに下側を向いている。
「この角度が微妙に味わいを変えるのです」と岩本氏が説明してくれた。
蒸留器の「工夫」についてはこれまで何人もの造り手さんがそれぞれの工夫を話してくれたが、中俣さんつまり黒瀬勉杜氏の方法もここに生きているのだと思った。

事務所で大山社長にさまざまな話を伺った。
蔵再興のこと、いまは亡き黒瀬勉杜氏のこと、今の造りのこと。そして、将来への夢。

夢のひとつは事務所に隣接する「桐野蔵」でズラリと並ぶ貯蔵甕についてのご案内をいただきながらお聞きしたのだった。

社長の夢と貯蔵蔵の香りをシャワーのように浴びる嬉しい時間がたちまちに過ぎて、おいとまする時刻になった。

「ま、ちっと飲んでゆきもんそ」
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「よしゅごわんどなあ」



写真:(左)居酒屋ひろみち/指宿市湯の浜5-15-6電話0993-24-5515 (右)店主とのんごろ

大山社長と前畑さんにご案内いただいたのは、指宿市湯の浜の居酒屋「ひろみち」だった。ずらりと並ぶ薩摩芋焼酎が壮観だ。
たっぷりと注がれる芋焼酎のお湯割り、指宿らしく素晴らしい鮮度の海の幸料理、地鶏刺身、串盛り…。店主の大村武史さんは、早くから芋焼酎「侍士の門」に惚れ込んで店に置いているのだという。古武士を思わせる風貌の店主の大村さんに、E嬢が芋焼酎のお湯割りについて熱く語る姿はまるで幕末の志士たちの姿のごとく重なった。

よい時間、よい人々、酔い晩でした。

文中に掲載させて戴いた杜氏の似顔は、故黒瀬勉杜氏のお孫さんが描いた絵である。
写真でみるおじいちゃん(杜氏)にそっくりだ。そこに書いてあった杜氏の言葉が印象的だった。
そして、この絵を社長室に掲げている大山社長の気概をも強く感じたのだった。

「酒亭」入り口
薩摩酎行記表紙
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