焼酎寸言

「酒亭」入り口
「ひるね蔵」ホーム
蔵・焼酎リスト
焼酎寸言目次

  大隅之国 弥五郎どん  
.......      白金酒造 ...........................鹿児島県姶良郡姶良町脇元1933 (report 18.11.18)

「あまか焼酎にないもしたがを」と原料芋生産者であり、この酒のプロデューサーでもある竹下一成さんが電話の向こうで言った。こころなし声が笑っている。
丹精した企画と原料、そして多くの人の手と気持ちを注ぎ込んで完成した酒である。「白金さんの蔵の味わいになっちょっですか?」と聞き返したら、「そうなあ、"和助"の感じに似いちょっかんしれんどなあ」

"和助"は白金酒造の創業者の名前である。明治二年、姶良の地で造り出された芋焼酎は「和助焼酎」の名前で親しまれたという。明治十年のいっさ(戦さ)の時に西郷どんがこの蔵の芋焼酎を味わったとも聞く。戦い疲れた薩摩隼人たちをこの和助焼酎が甘く癒してくれたのでもあろうか。
遙か昔の「隼人族」の大将であり、文武両道の神として祭られる弥五郎どんが、この蔵から焼酎となって生まれたことに感を深くするのである。


■原料芋は竹下さんの「黄金千貫」、黒麹で仕込んだ豊かなコクのある酒である。

■飲んでみた
まず生でいただく。グラスを口元に近づけただけで、豊かな甘い香りを感じる。舌先ですこし利いてみる。ゆっくりとかすかな苦みを帯びた甘さが広がる。香ばしさがやがて重ねを増して濃醇な存在感に至るまでさほどの時間を要さない。口当たりは滑らか。喉ごしもまた滑らか。だが、その味わいの膨らみは優しい表情だけではないことを示している。余韻がまた豊かである。長く響いてやがて満足という終章に至る。麹米も、原料芋も、生産者の方々の気持ちと汗がタップリとこもっている。その思いをこの酒に十分に表現した白金さんにもまた感服する。
■ダイヤメ日記より

岩帰宅したら新しい「弥五郎どん」が届いていた。当の竹下さんがお送りくださったもの。弥五郎どんの生みの親である。先日電話で「同じ芋、米なのに、蔵が違うと味がこんなにも違うかち、おももした」と仰った。さっそく味を利いた。さすがに柔らかく甘い。飲みやすいがそれだけではなくキチッとした余韻が結構な尾を引く。うまい。岩川さんの「弥五郎どん」とは確かに表情が違う。弥五郎どんという薩摩隼人の象徴がもつ剛柔二つの面をこの二つの蔵の酒が映し出したといっていいかもしれない。


■弥五郎どん
小生の記憶(4歳くらい)では、時節になると役場近くの八幡神社から下りてくる、とてつもなくデカイ存在だった。屋根裏の窓から弥五郎どんが馬場を往くのを見た。肩にのった若い衆が電線を捌いていたのを覚えている。

資料:ニッポンの祭り(祭り百景データベース)より。引用写真をクリックするとリンク先に飛びます。
■3種類の弥五郎どん

右の弥五郎どんは、もともと岩川醸造で造っていたもの。ラベルはイラストだが、本物の迫力をよく伝えている。飲んだことはないので、味については解らない。
左のラベルは竹下さんが岩川さんと交渉して復刻したもの。文字は竹下さんの恩師が筆をとってくださったのだそうな。役場が撮影した写真をバックに使用している。こちらの味わいについてはこう書いた。白金さんの酒とは原料が一緒なのに味わいはまったく違う。焼酎はそのようなものなのだと改めて感じたのだった。
(引用)
岩川醸造といえば「ハイカラさんの焼酎」、岩の泉という嘗ての代表銘柄の系譜を引く酒である。
それに薩摩精酎組の面々、とくにA氏にとっては思い入れの強い「おやっとさあ」を出している蔵である。
だが、この酒はそのどちらとも違う。深いコクと濃醇には飲み手を無口にさせる力がある。
ストレートでの香りの立ち上がりはやや押さえ気味だがお湯割りにするとその膨らみのあるうま味は五体の裡を沸騰し巡ると言っていいほどである。


むかしのラベルのイメージを継承しつつダイナミックになっている。白金さんのラベルは文字だけでスッキリと仕上がっている。


「酒亭」入り口
「ひるね蔵」ホーム
蔵・焼酎リスト
焼酎寸言目次

メールはこちらまでお願いいたします。
(c)hiken@2006.11