「きばっど!網界本格焼酎党」

O嬢、闇の酒商人を追う の第一巻

「どげな顔をしちょっとぢゃろかいね〜まこち!」
 O嬢が怒っている。
 怒るO嬢の姿はわが本格焼酎党の夜会ではもう普通のシーンになってしまった。普通のことだから、男たちももう驚かない。いっせいに盃を手に取って、黙りこくってしまうなんてことは、もうない。

「どげな顔って?なんをばゆ〜とっと、Oチャン?」と博多出身のT氏が聞いた。
「あいを。ほら、なんちたっけ?」怒ると声を失うのがO嬢のクセだ。美しい細い眉をおおいにしかめて考えていたが、急に手に持っていた盃を、ドン、とテーブルにおいて叫んだ。「じゃっよ、オークション。オークションのこっを言おうとしちょったの」

 O嬢の手を離れて、そらきゅがくるりとテーブルの上で一回転した。となりの席でKクンがあわてて手を伸ばしたが、中身はとうに無かった。からのそらきゅう。「お、よかった。中身がはいっちょらんかった」そう言ったKクン、注がんのが、悪りのよ、とでも言いそうなO嬢の顔を見て、口を締めた。

「Oちゃん、あんたがおこっちょっとなら、そいは酒のオークションぢゃね?」J氏がいった。
「そう。この前ねえ」
 O嬢が話し始めた。男たちは耳を傾けた。新人のHチャンはまだきていない。
 ここは新宿四谷の日本料理屋。清酒の地酒の品揃えが豊富な店だが、芋を中心に本格焼酎の銘酒の瓶がずらりと並び、焼酎党にも満足できる店となっている。

 O嬢が語ったのはオークションサイトでの焼酎の販売のことだった。蔵元さんと語る会で馴染みの蔵元さんと話し込んだときにオークションの話しがでたらしい。石高もすくない、個人でやっているような蔵だ。関東で評判が出たのは嬉しいけれど特約店も絞り込んで販売しているのに、ある大手のポータルサイトが運営するオークションに出現しているらしいのだ。落札価格も1万円ちかくまでいくらしい。

「手造りで、丁寧に心を込めて造るしょちゅでしょ。酒販店さんが利益を出してしかも売りやすいように、価格をギリギリまで抑えて造っていると言うのにね」
 J氏が溜息ともつかない声で唸った。「造る量がしれちょっからなあ。希少価値を売値に替えて商売する連中がたえんのが哀しい現実ぢゃっよ」
「そげな連中に売らんきゃよかですがね。蔵元さんも」Kクンが口を尖らせた。
「わかっちょれば、うらんよ。あたいまえぢゃっがね」O嬢がKクンに言った。
「その蔵元さんは特約店を一軒一軒回って、話しして、売る姿勢も考え方も聞いて、店が酒をどう保管しているかの方法まで確認してから、やっとその焼酎をおろすっと」O嬢の声に熱がこもってきた。
「んなら、ないごてその焼酎がオークションに出っとかねえ」とKクン。「そうか、個人が買って、それを転売しちょっとかな」
「そいがねえ」O嬢がカウンターの下からバッグを取り出した。一枚の書類を出して、カウンターに置き、「こいを見て」と示したのはオークションサイトの画面をプリントアウトしたものだった。

「こいが、その出品者が同時にオークションに出しているリストぢゃっと」
 男たちが顔を寄せて書類に見入る。お、おっと声をあげたのは博多出身のT氏だ。
「こりゃあ、酒屋たい」こんな品揃えが個人でできるはずはなか、と断言した。「それに、たぶんこいつは九州の酒屋くさ」
 驚いたのはO嬢だ。「あんたはシャーロック・ホームズね。なんでわかっと?」
「銘柄を見たら、こりゃあもうわかっとよ。ほら、この清酒」T氏が指さしたのはリストの中ほどにあった清酒の銘柄だ。「この酒はほとんど地元の酒屋にしか卸しとらんばい。それにこの球磨の古酒はたしか福岡の放送局の特別銘柄だったとよ」
 鹿児島のその銘酒以外は、博多中心に展開しているものが多いという。それに、リストにある長崎の麦焼酎は何年も前に博多の中洲でプレミア扱いされたものだという。
「推理してみよっか」とT氏は調子を出している。「多分薩摩のその銘柄の特約店だな。古い酒屋。跡継ぎ息子が親父の扱っていた稀少品や、なんとか入荷する限定酒を出品しておっと、そげん思とよ」
 J氏が杯を空けて言った。「それに、この酒ぢゃ」指さしたのは、八丈島で造られているある銘柄。「これの出荷先は、福岡が多いと聞いたこっがあっど」

 遅れて席に着き、じっと話しを聞いていたHチャンが口を開いた。「あたいが、入札してみろかいね」O嬢が盃をテーブルにコツンと打ち付けてHチャンを見た。
「んにゃ、あたいがやっと。もう入札したの」KクンがO嬢のそらきゅうに百合のお湯割を注いだ。穏やかで優しい名前の酒。荒ぶる神よ、鎮まりたまえと祈るKクンの願いを知らずか、O嬢の噴火が始まった。「そう、夕べ入札したのよ。いま3人目くらいかねえ。値段もどんどん上がっちゆくけど、こいはあたいが落札して、出品者の正体を突き止めてやるの」
 だって、とO嬢が悔しそうな声で続けた。「蔵の汗を、金の重さで量り売りするような恥知らずに、これ以上あの蔵元さんから卸して貰いたくないもんねえ」そう顔を紅くして言ったO嬢に、J氏が小さな声でささやいた。「偽名を使っているよ、きっと。銀行口座も偽名ぢゃっよ、こういう場合」紅い顔を青く変えたO嬢はカメレオンみたいに大きい瞳を見開いて叫んだ。「なんちね。そげながんたれ○○は、ちんがらっ、くらわせんな、いかんちよ〜」何としてでも突き止めてやると決意したO嬢の鼻息に、言葉を返すことができる男はもちろん誰一人いるわけがなかった。Tクンには、O嬢の最後の雄叫びの意味すら理解できなかったのは言うまでもない。激しく夜が燃え始めた。男たちには、紅蓮の炎を上げ続けるO嬢のために、ひたすら祈りを捧げる夜となった。  ( 続く )
酒亭表紙へ  夜話目次へ