「きばっど!網界本格焼酎党」

J氏のお客 の巻

 Hチャンが息せき切ってドアを開け、お店に駆け込んできた。
「勝ったよ〜。約束ぢゃっで、きゅはあたいが奢っもんでなあ」
どうやら週末のレースで良いことがあったらしい。広いテーブル席に腰をおろして息をついた。
「とりあえず、ビールを」
そういってハッと顔を赤らめてKクンを見たが、Kクンは知らん顔だ。
ここは新橋SL広場から路地に入ったすぐのところにある小さな居酒屋。ビールや清酒はもちろんだが、薩摩の芋焼酎を中心に本格焼酎の品揃えも充実している。
ビールのジョッキがHチャンの前に運ばれてきた。
「じゃあ、Hチャン、カンパイせんならねえ。お祝いぢゃっよ」J氏がお湯割のはいったコップをちょいと掲げた。ほかのメンバーもそれぞれの杯を上げる。
おや?とHチャンが小首を傾げて、J氏を見た。J氏の横で、見知らぬ人がちょかを差し上げて微笑んでいる。
「Hチャン、紹介すっでな。こん人はEさんちゅうて、鹿児島の人ぢゃっと」
O嬢がまだ半分くらい入っているビールジョッキを持ったまま言った。
「焼酎を造っているひとぢゃっよ」

いつもは一気にジョッキの半分くらい飲み干すHチャンが、ちょっと口をつけただけでジョッキをテーブルに置いた。丸い目をまんまるに見開いてEさんを見つめている。
「Eです。初めまして。Hサンね。Oサンから聞きもした。こん前はあいがともしゃげもした」
白髪ぎみの長い髪を品良く分けて、黒っぽいスーツのEさんは、どこかの会社の役員といった感じだ。
「そう、こん前、Hチャンに助けてもろたあの大隅の焼酎を造っているE酒造さんよ」O嬢がHチャンに言った。
銘酒を横流ししていた業務店を特定したあと、どうなったかはHチャンは知らない。Hチャンのまんまるの目の理由はそのことではなく、「蔵元さん」の実物を初めて目にしたからなのだった。
「Hチャン、なよみちょっとね。Eさんはそげんめずらしか顔をしちょいやっね?」とO嬢が言った。
Hチャンの顔が真っ赤になった。

「Eさんはね、言わば疎開して来たちゅうこっぢゃね」とJ氏が言った。大隅出身のJ氏は、Eさんがとなり町の蔵元さんだとHチャンに説明した。
「疎開って?」Hチャンがけげんな顔をした。
「Eさんはね、鹿児島が大変なことになっているので、東京へ逃げ出してきたと」O嬢がそういって笑うと、Eさんも困ったように苦笑いした。「ぢゃっのですよ。あの酒がなぜか評判になってから、わがえげえだけじゃなくて(自宅だけでなく)蔵のほうまで、酒屋さんがやってくっごっなったとです」

Eさんは大隅のその町で種苗店を営んでいる。焼酎の仕込みの時期になると店を奥さんにまかせて海の近くにある蔵に出かけてゆくのだ。蔵子とふたり蔵に泊まり込んでの造りは約半年間続く。手造りの蔵だ。麹造りから芋を蒸し上げることも仕込みもすべては人の手で仕事している。したがって造れる焼酎の量は知れたものなのだ。こだわって造った焼酎の味が評判になって、取引を求める酒屋がひきもきらずに押し掛けてくるのだという。

「たった150石ですがね。絞りに絞った数少ない特約店さんにもおろしきらんのですよ」
EさんがO嬢のお酌を、ちょかに受けながら言った。「そう説明すっとですがね、それでもなんとか卸してくれちゆやっと(仰るの)です」
「150石っていうと・・・」そう首を傾げたHチャンに、J氏が言った。「一升瓶で一万五千本。一年間にね」
博多出身のT氏がコップを置いてHチャンに説明した。「150石と言えば月に200ケースだから、もうほとんど目にするのも難しいってことだね」
競馬で大穴を当てるより大変ってことねとうなづいたHチャン、ビールを急いで飲み干すと、焼酎をお湯割りでと注文した。もちろんEさんの造った焼酎だ。蔵元さんと話しながらいただく焼酎はなおさら美味しいと思ったHチャン、「そいでも、ほかにも美味しい焼酎はずんばいあっとに(沢山あるのに)なんで、Eさんの焼酎ばっかり欲しがっとかねえ」
「そうそう、そうなんですよ」とEさんがHチャンに黒ぢょかから注いでくれた。「色々な焼酎を楽しみながら、自分のお気に入りの一本を探すのも、焼酎の面白さぢゃっですからね」「う〜ん、騒いでいるのも一部の人たちぢゃろけれどねえ」Hチャンが言った。

タバコを左手に移しかえてKクンのお酌を受けたO嬢、煙を吐いてちょこをカタチのいい唇に運びながら、
「どうせ、そんし(そういう連中)は、そつ(焼酎)なんか関係なかのよ」と低い声で言った。「物欲と金銭欲が騙しあっているだけぢゃっよ」
あれ?さっきまでは普通のちょかを使っていたはずだ・・・。O嬢が一気に飲み干した盃が、いつのまにかそらきゅうに替わっているのに気付いたのは、Kクンだけだった。
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