「きばっど!網界本格焼酎党」

J氏の雨宿り の巻

「アークヒルズの桜、ライトアップしちょったよ!わっぜか、綺麗ぢゃったよ!」
Hチャンが顔を紅潮させて店にはいってきた。
O嬢がうなずいて、カウンター越しに「生ビールひとつ!」と注文した。Hチャンは最初の一杯はかならずビールなのだ。J氏が「ロック、お代わり」と、空のグラスを挙げた。

ここは赤坂七丁目。黒豚料理が美味しい店だ。本格焼酎党の定期大会は夜桜見物のあと、この店での二次会に突入していた。遅れてきたHチャンはひとりで桜をみながら歩いてきたらしい。
「そうだね。もう、満開だね」J氏が言った。「花見の客が昨日もうえか(多か)ったよ」
J氏はそう言って、グラスをひとすすりした。
昨日の夜だけど、とグラスをちょいとあげて、J氏が話し始めた。
ゆうべ、ふらっとはいった居酒屋でこんな出来事に遭遇したという。

夜まだ浅い8時ごろだっただろうか。やっと仕事が終わったJ氏は、ぱらつく雨に傘もささず街をブラついていた。だが、どうも変だ。足下がフラつく。力がはいらない。え?どうした?と自問自答して、J氏は、年度末の忙しさのあまり、お昼を抜いたことに気がついたのだった。ふとみると、なんと都合のいいことだろう、目の前に居酒屋があった。行灯看板に、地酒と焼酎の店と書いてあったので、さっそくのれんをくぐった。
そこは、小振りだがいこごちのよさそうな店だった。曇りガラスの引き戸をあけると、醤油の焦げる香ばしい匂いがどっと襲来してきて、瞬時にJ氏の判断力を失わせる。これだから、居酒屋ってのは油断ができないんだよなあ、とJ氏は嬉しくなったらしい。

にこやかに迎えてくれた亭主に薩摩の芋焼酎をお湯割りでと注文し、肴をメニューに探していると、ガラス戸の引かれる音がして、男性3人の客が入ってきた。早い花見宴会の流れらしく、みんなかなり出来上がっている。ひとりの男はけしからんことに、桜のひと枝を持っていた。

「おやじ、焼酎!」と年輩の男が言った。壁に作りつけの棚を見渡して、吐息をつく。
「ふぉ〜、すごいたくさんあるなあ。これ全部焼酎かい?」
「冷蔵庫に入っているのは清酒ですがね」と亭主。
「すごいな。とりあえず、ビール。それから、焼酎はお湯割りでな」
「何にしますか?」と亭主がきいたのは、もちろん銘柄のことだ。だが、その中年のサラリーマンは何を勘違いしたのか「だから、焼酎のお湯割りだよ」と答えて、「オレは梅干し。みんな何にする?」と続けた。
「すみません、お客さん」と亭主が首を振って言った。
「うちでは梅干しはお入れしないんですよ。焼酎そのものの味を楽しんでいただきたいので、ね」そう言って、ホワイトリカーとちがう本格焼酎の美味しい飲み方を訥々と客に説明したのだった。

結論から言うと、3人連れの客は亭主の話に聞き入り、湯煎して暖めた焼酎を美味しそうに飲んだのだったが・・・・・・。
J氏は、男たちが店を出ていったあとで亭主に聞いた。
「そうやってキチンと説明して飲んでもらうと、焼酎のイメージが変わったなんて言うお客も多いんでしょうね」
「そうですねえ。これまで飲んでいた焼酎ってのは何だったのかなあ、なんて仰るかたもいらっしゃいますね。まあ、なかには、客が梅干しと言っているんだから、言うとおりにしろと怒るお客もいますがね」
「そういうときはどうするの?」そう聞くと亭主は片頬で笑って言った。
「お帰りいただきます」

黙ってJ氏の話を聞いていたO嬢が、ぐいっとグラスを空けて、「生(き)でもういっぱい」と注文した。J氏のほうに黒く濡れたような目を向けて口を尖らせ、「えじかな(ずるいねえ)、Jさあ。はよそけ(早くそこの店に)つれいっもんせ。なんちね、かっこよかがねえ」
J氏はO嬢に火を点けてしまったことにやっと気付いたのだった。夜は長い。果てしなく長い・・・・・・。


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