「きばっど!網界本格焼酎党」

そらきゅう嬢子軍 の巻(その1)

「わたしなんか、まだカワイイほうよねえ」

O嬢が右手に持ったそらきゅうをくいっとあけた。かたちのいい指にはさんだキャスターマイルドはもうかなり短くなっている。

「え?なにがあったんですかい」Kクンが口をはさんだ。
「まったく、そらきゅうを・・・ね。時代もかわったもんねえ」

独り言のようにO嬢がつぶやいた。

O嬢はいきつけのバーや居酒屋に自分専用の盃を置いている。そのマイ盃は、穴こそあいていないが、円錐形の、こぶりのそらきゅうだ。店にいるあいだ、彼女はその盃を手放すことなく、飲み続けるのだった。
「放さないのじゃなかのよ、放せんのよ。ホラ、放せば、ひっ倒れるでしょ」
O嬢が、飲み干してカラになったその盃をカウンターに置いた。そらきゅうが、くるっと回って黒ぢょかに当たり、カチンと焼き締めた土の音をたてて止まった。
隣のKクンがあわてて黒ぢょかを取り上げた。お酌を催促されたと思ったのだろうか。

ここはO嬢の仕事場のある池袋からほど近い、私鉄沿線の駅裏。焼酎パブ「立志亭」と軒先行灯に書かれているが、なんだか鹿児島の田舎の牛小屋を小さくしたような構えの店だ。店舗演出もなにもあったものではない。看板の字もよく読めないし、暖簾もない。引戸をあけて店内にはいると、電気代をけちっているのだろうか、薄暗い狭い空間には、6人も並べば一杯になるカウンターと、ちいさなテーブルがふたつ。それでも裸電球と蝋燭の灯で客の手元はいささか明るい。テーブルも椅子も、カウンターの天板すらも、煤けた廃材でこしらえているようだ。磨きだけはよく掛けてあるのだろう、揺れる蝋燭の灯に黒くにぶく輝いている。

「そん黒ぢょかは、も、カラぢゃっよ。Kクン」
O嬢は亭主に、黒ぢょかを差し上げて見せた。
「おやっさん、きゅは原酒サービスはなかのね?」
「原酒サービスは第二木曜ごわんど」
「よかがね〜。きゅは計量記念日じゃっよ。特別にさ〜。一杯さーびすぅ」
「Oさん、よくそんなこと知ってますね、計量記念日なんて・・・」とKクンが言った。
「常識じゃん・・・って、ウソウソ。いま編集している料理本の記事でね、知ったのよ。」
「へー、ちゃんと仕事してるんですねえ」
「ばか」

亭主がカウンターの端の大きな甕の丸い木製の蓋を外した。「すげー、でかい甕だねえ」とKクンが甕の口をのぞきこんだ。
「こいは一石甕よ、Kクン。焼酎の甕では大きくはないわね」
「一石って?」
「一升瓶で、100本ってことになるわね」
Kクンが目をむいた。「ひ、ひゃっぽん?」家にも欲しいとバカなことを言って騒ぐKクンと、タバコをチェーンスモークしたO嬢の前に、亭主がだまってグラスを置いた。いま甕から汲み上げた原酒がなみなみと注がれている。氷のはいったグラスを添えて、「水が必要なら、ゆやんせ」そういって、亭主はまた包丁を使い始めた。この亭主、料理人ではないはずだが、野菜と魚の料理をなかなかに美味く造る。焼酎といえば、豚肉料理が大好物のはずのO嬢、このごろではややヘルシー路線に移っているらしい。「お年のせいでしょ」とKクンが言ったことがあるが、それからたっぷり一ヶ月はO嬢に口をきいてもらえなかった。

「ところで、何があったんですか?」Kクンがまた聞いた。
「Kクン、焦ってはダメ。自己酎もダメ。ダメったら、ダメ」
「なんだか、どっかの女党首みたいだなあ」
「せっかくの原酒だから、ゆっくり味わって、ね・・・」
そういったO嬢の、かたちのいいおでこに一筋の稲妻が走った。
「そうよ、この原酒を造っている蔵よ、そうそう、あのそらきゅう軍団が来たというのは・・・」
Kクンは黙ってO嬢の次の言葉を待った。こういうときに口を挟むとエラいことになることは学習済みだ。
「このまえ、この蔵の営業さんとはなしたのよ・・・」O嬢の物語が始まった。亭主はこちらをみるでもなく板場に専念している。ほかに客の姿はない。夜はまだまだ長かった。(つづく)

【おまけ】よろしかったら、続編の前にこちらの黙示録的コンテンツをごらんください。
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