「きばっど!網界本格焼酎党」

そらきゅう嬢子軍 の巻(その2)

南薩摩のそのまた海よりに、その蔵はある。
3月の終わり。南国の日差しはすでに初夏を思わせる力強さだった。
いまは造りの時ではない。静かな蔵の、門からつづくひろい中庭には陽の光と静謐が物憂げにたゆたっていた。事務所では中年の女性事務員と、営業担当の男性社員がふたり、あたらしい製品の販売資料を作っていた。もうすぐ昼休みだ。

「こんにちはぁ」ガラスの引き戸が外から開いて、元気のいい声が事務所に響いた。
「いらっしゃいませ」若い男性社員がそういって立ち上がった。眩しい光りのなかに3人のシルエットが浮かぶ。女性客だ。しかも、若い。

「えっと、焼酎をこけ、いや、買いにおいででしょうか?」そう言って汗を拭いた彼に、3人のシルエットの後ろから声が飛んだ。
「なに言ってんの。ほら、先週電話があったお客さんだよ、いまお連れしてきたんだ」
「あいた、ぢゃったどなあ。T部長は市内(鹿児島市内)まで今朝から迎えにいたちょいやったたっけー」
若い女性のお客には妙に親切ぢゃっどな、と小さな声でつぶやいて、その社員は彼女たちを応接に案内した。

「私といっしょに営業をやっているAとMです。」男性社員を紹介したところに女性事務員が麦茶を運んできた。
「こちらは東京から見学に見えた青田さん、仲間さん、副山さん。」
「お世話になります〜」彼女たちはいささか興奮気味だった。東京の「焼酎の会」で、T部長と話したのがきっかけで、いつか蔵に見学に行くのが彼女たちの夢だったのだ。
「では、蔵をご案内しましょうか」

T部長の案内で、彼女たちは蔵の中を見て回った。
杜氏の部屋のすぐ前にある麹作りの棚、おおきな仕込みタンク・・・・・・造りの季節ではない蔵の中には静かな空気が流れていた。
貯蔵タンクの棟に移ったとき、青田という女性が胸元をかるく手で押さえ、ネックレスのチェーンを引き出そうとした。タンクに異物を落としてはイカンという気遣いか。T部長はその仕草をみて感心した。他の二人、仲間と副山も同じくネックレスを外そうとしている。さすがオトナの女性だ。つき合うのならこういう女性がいいなあ、と余計なことまで思ってしまったT部長、まだ30才の若さでもちろん独身である。巨躯に穏やかな表情を絶やさない彼のキャラクターは焼酎界のアイドルといっていいほどだ。

「(ネックレスを)はずさなくてもいいですよ」とT部長が言った。一瞬女性達が困った表情になった。
「いいえ、せっかくだから、やっぱりこれでなくては・・・」と三人が一斉にチェーンを引き出した。
でかいネックレスだ。小型の陣笠みたいなモノに穴があいており、そこにチェーンが通してある。彼女たちはチェーンをはずし、陣笠を右手に持ってにこやかな表情になった。

「さあ、原酒タンクへいきましょ」
「・・・・・・」
絶句したT部長の目に、陣笠ならぬ穴あきそらきゅうが三つ、原酒タンクへ続く階段を列を作ってのぼってゆくのが幻のごとくにみえた。
「おそろしい・・・」部長のとなりで若い社員がちいさくつぶやいた。


「・・・ってな話しぢゃったのよ。Kクン、どげんね。こげなおそろしかおなごんこ達が、そんあとも毎日のように蔵に来たちゆーちょったがよ」

立志亭の薄暗い店内で、亭主から強奪するようにサービスしてもらった原酒を、O嬢は生のままグラスでちびちび飲んでいる。彼女のマイ盃は黒ぢょかの横で傾いたままだ。

「そうですね。Oさんのそらきゅうは穴はないですもんね」
「そげなことを聞いたとぢゃなかよ、Kクン」O嬢がカタチのいい唇をとがらせた。
あたや心配ぢゃっと、とO嬢は言うのだ。
「東京や関西の焼酎ファンが、春先からずっと鹿児島の蔵元さんに押し掛けちょっち・・・」
「たしかに、造り手を知って飲む焼酎はひと味違いますからねえ」
「ぢゃったっどん、そいがいつまで続くのか、心配ぢゃっのよ」

力を抜かずに穴をおさえ、しっかりと手に持つそらきゅうには怪しい魅力がある。緊張感が漲っている。だが、一旦チカラを緩めると酒は指のあいだから漏れ落ちてしまい、指をはなすと中の酒は一瞬にして失われる。
ブームの功罪はいろいろあるだろうけれど、この盛り上がりによって本格焼酎がもっと身近になり、日常の酒の選択肢のひとつとして定着してゆくのならよいのだけれど・・・。O嬢が無口になってゆくにつれて原酒を呷るピッチが早くなるのを、Kクンは心配そうに見ているだけだった。

板戸が開く音がした。
「いらっしゃい」亭主が言った。
「あ、空いてるわ」と女性の声がした。
Kクンが振り向くと若い女性客だった。
彼女たちの胸元に鈍く光っているチェーンは・・・。(おわり)

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