「きばっど!網界本格焼酎党」

池袋の奇天烈な夜


あの「Pen」の写真よっか、イケメンじゃっよね〜、とHチャンがナマ店主氏を見てはしゃいだ。

「ちょっと、ちょっと」とKクンがカウンターの奥を見て声を上げた。
「ひゃー、美人たい」Kクンの目線の先、カウンターの中ではスレンダーな小顔の女性が立ち働いていた。O嬢はこの女性が店主氏のかみさんだと知っている。
「Kクン、ぼやっちしちょらんじ、お湯をもってこんね」
O嬢の言葉で正気に戻ったKクンが慌てて女性から目線を外し、Hチャンに言った。「Hチャン、そんポットを回してくれんね」
O嬢の目が光った。「あたいはKクンに言(ゆ)たたっよ。あんたは他人(ひと)ん手を借りんかれば、ないもできんとね。たっちきせんね(さっさとしなさい)。」

Kクンは口を閉じて立ち上がった。O嬢、かなりご機嫌麗しからず、おかんむりである。その理由がKクンにはわかっていない。ちょっと鈍いぞ。危うし、Kクン。そんなことでテレビ局のプロデューサーが勤まるのか?

ここは池袋。O嬢が勤める印刷会社からは駅をはさんで10分くらいの距離である。両脇にはピンクショップが派手なネオンの光を撒き散らし、上の階には過激なイメクラが入っている。
三方が(というよりこの界隈全体が)かなり偏ったソリューションに満ちている場所である。
喧騒のなかの静寂。不純な欲望の中の清純。砂漠に湧いて流れる一筋の清流。この居酒屋をそう表現すると、まあ、言い過ぎ。だが、いつも暖かな空気に満ちたよい空間で、O嬢にとっては隠れた癒し場なのだ。仕事場の仲間にもこの店を教えてはいないのだった。

「店主がね・・・」とO嬢は言う。
「変な人でねえ。地味な焼酎の銘柄にこだわって蔵元を探し、訪ねたり、廃版の酒を見つけてきたりすっとよ。まっこち妙なひとじゃったっどん、あたや気が合(お)ちょっのよ。」そういいながら本格焼酎党の面々を案内してくれたのだった。

「最終的ソリューションは芋焼酎よ」というのが口癖のO嬢、さっきから販促グラスに入れた「よくろぼ」を生ですすっている。Kクンがカウンターの端に置いてあったポットを彼女の前に置いた。

「へい、お持たせ」
「よだきがよ(疲れるのよ)、Kクンの洒落は」

KクンにはO嬢がかすかに微笑んだのがわかった。
取っ手付きのガラスコップに半分ほどお湯を入れて、KクンはO嬢の手元の販促コップから「よくろぼ」を注ぎ入れた。白く暖かな湯気が立ち、香りが広がった。なるほど、芋焼酎の、それもお湯割は、たしかに最終的ソリューションだとKクンは理解したのだった。

からり、と音がして引き戸があいた。
「おそかったね〜、Jさん」
Hチャンが立っていってJ氏のコートを受け取った。
カウンターの脇に積み上げた自分のカバンとコートの上に畳んで置く。J氏はO嬢とKクンの間に詰めるようにして座った。Kクンがちょっと残念そうな表情をした。
Hチャンは店主夫人からグラスを二個受け取り、J氏の前に置いた。

「Jさん、きゅは何いがよかどかい」
Hチャンは笑うと丸顔に片えくぼができる。左の頬だ。ちょうど顔を上げた店主氏のご母堂が「あら、可愛いわね」と目を見開いて言った。

「どうすれば焼酎を揃えられるのって聞く同業者が来店しましてね」と店主氏がJ氏に言った。J氏、すでに何回かこの店には来ているらしい。
「それは問題外じゃっよなあ」とJ氏は鹿児島弁で店主氏に答えた。
「なよ、考えちょっとかね〜。焼酎以前の問題じゃっどね」J氏がそう呆れて言うと、店主氏が「まっこ
ち、こまいもんど」と怪しげな薩摩弁で唸った。

「あいたよ〜、店主さあがかごんま弁を話したよ」
Hチャンが丸い目をさらに丸くして叫んだ。
「ないごて鹿児島弁を知っちょいやっの?」

店主氏がにこりと笑った。
「おいはぼっけもんのよくろぼなり。かせだんもんにも隼人にも、それに祁答院にも国分にも、さつま志布志湾にも龍門滝にも、白銀坂にも桜島にもブニセの友あり。アサヒ昇る錦江の海、その白波は白雪にまがうがごとし。吹上に置く白露も、明るい農村の大楠の下、萬膳に香華添える薩摩おごじょ、風に吹かれて百合咲く島娘のように舞う花と蝶、若潮流れるさつまの海、晴耕雨読の薩摩武士、春風はしる知覧武家屋敷、豪放磊落薩摩自顕流、すべてはおいどんの心の景色なり。薩摩言葉はそれを人に伝えたいがための必須のツールでごわす」

店主氏が一息に話すのを聞いていたHチャン、「あ〜、やっぱ変なひと。」と吐息をついた。そして小さな声で、
「Oさん、あたいもこん店主さあと、気がおごっあっですがよ」
そうO嬢に言って笑ったのだった。

   (おわり)

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